第三百二十一話 技術の高さ
対峙している雰囲気からしてもの凄く強そうだけど、まずは五割程度で攻撃を行う。
五割といっても、人間相手に使う力としてはマックスに近い出力だ。
老人とはいえアーサーさんだからこそ、初っ端からこの強さでいく。
踏み込む足に力を入れ、地面を弾くようにして一気に近づく。
アーサーさんは俺の速度に面食らったような表情をしているが――しっかりと“見えている”。
間合いに踏み込んでから即座に袈裟斬りを放ったのだが、容易く受け止められてしまった。
まるでモフモフの綿を斬ったような感触。
力で強引に受け止められたのではなく、全身を使って衝撃を吸収するように受け止めてきた。
鍔迫り合いの状態からそのまま軽く押し返されると、一切の無駄のない動きから突きが飛んでくる。
速度はそこまでなのに、動きに無駄がなく最短距離で放たれるため――急に目の前に現れるような感覚。
サイドステップでその突きを何とか躱し、一度距離を取ろうとしたのだが……背後はすぐに壁。
戦う前はちょうどいい広さだと思ったが、いざ戦ってみると本当に狭く感じる。
そんな俺の動揺を見抜いていたのか、アーサーさんは華麗な足さばきで距離を詰めてきた。
……なるほどな。
この場所では逃げることはできず、攻め続けるしか道がないという訳か。
――アーサーさんの強さも技術の高さも分かった。
この強さと技術を持っているなら、七割の力で戦っても問題ないはず。
技術や経験で大きく劣っている分、力でゴリ押していくしか勝ち目はない。
ワイバーンゾンビをぶった斬った力だが、アーサーさんなら受け止めてくれるはずだ。
「少し本気でいきますよ!」
「ほっほっ、十分本気じゃったろうが……。って、まだ上があるんか!?」
すり足で距離を詰めてきていたアーサーさんだったが、筋肉の動きで俺の言葉がはったりじゃないと分かったのか、逃げるように一気に距離を取ってきた。
俺はアーサーさんを決して逃がさないよう、追いかけて距離を詰めにかかる。
――が、逃げたと思ったアーサーさんは、重心が全て後ろに乗っかっている状態で踏ん張ると、まさかの前へと出てきた。
俺は勢いよく突っ込んでいったため、このままでは衝突する――そう思った瞬間にアーサーさんは寸前で綺麗に俺を避けると、足をかけて俺を転ばせにかかり、倒れ際の首元を狙って一発打ち込んできた。
「まだまだ甘ちゃんじゃのう!」
手を突いて転んだら、このまま一気に攻撃を打ち込まれる。
そう悟った俺は左足でなんとか踏ん張りを利かせ、背後に立っているであろうアーサーさん目掛けて適当に剣を振った。
振り向きざまで適当に振った剣は空を切ったが、牽制にはなったようで追撃はなし。
俺はバランスを取り直して、再びアーサーさんと正面から対峙する。
「速度、力、耐久力。全て申し分ないが、技術と経験だけはまだまだじゃのう」
「分かってます! ――だから、力とスピードでねじ伏せます!」
経験や技術が足らないのは分かっている。
コルネロ山や、ランダウストのダンジョンで培ってきた技術では、まだまだアーサーさんには遠く及ばない。
だからこそ、俺は帝国まで赴いて力をつけてきたのだ。
――七割で十分。当てさえすれば、アーサーさんを崩すことができる。
俺は全身に力を込めて、アーサーさん目掛けて上段から木剣を振り下ろした。
先ほどは完璧に威力を吸収され、あっさりと防がれてしまったが、先ほどとは比べものにならない威力。
アーサーさんは全身を上手く使って、先ほどと同様に威力を吸収しにかかったが、威力を殺しきれずに木剣同士がぶつかる凄まじい音が部屋の中に響き渡った。
腕と太腿はパンパンに膨れ上がり、つい先ほどまで余裕そうだった表情は酷く歪んでいる。
満身創痍な様子だが――アーサーさんは俺の七割の力の攻撃を受け止めてきた。
本当に強い人なのだと再確認できたと同時に、もっともっと力を試したくなる気持ちが溢れてくる。
八割……は流石に駄目だから、七割の力で攻撃を打ち込みまくってやる。
目をギラつかせ、俺は上段斬りを受け止めたアーサーさんに攻撃を仕掛けにいったのだが――。
「ストップじゃ! こ、腰がいってしもうた!」
俺はノリにノッてきたところだったのだが、アーサーさんは俺の一撃を受け止めた格好で微動だにせず、玉のような汗を額から流している。
……これは本当にまずいやつなのかもしれない。
「アーサーさん、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないわい! こ、この状態から少しも動かせん!」
「ちょっと手当てします!」
まずは薬草を生成してから腰に貼り付けつつ、上のアーサーさんの店から持ってきた固定具で腰をガッチガチに固める。
そのまま刺激を与えないように、俺はゆっくりと治療師ギルドまでアーサーさんを運んだ。
回復魔法をかけてもらい、適切な治療を施してもらったお陰で少し良くなったアーサーさん。
治療師ギルドのベッドで横になりつつ、ようやく話しができるぐらいの余裕が生まれた様子。
「手伝ってもらってすまんかったのう。手合わせも良いところじゃったのにな」
「全然大丈夫です! それより……俺の方こそ、強く打ち込んでしまってすいませんでした」
「ほっほっほっ。戦闘において気遣われるなんて久しくなかったのう。……ワシが仕掛けた手合いじゃし、ルインは一切気にせんでええよ」
「すいません。ありがとうございます」
「……それにしても老いというものは怖いのう。あれだけ強靭だった体が、こうも脆くなってしまう。ちなみにじゃが、上段斬りも威力は殺せておったからの?」
アーサーさんの言う通り、綺麗に受け止められていた。
武器は木剣とはいえど、ワイバーンを屠った一撃と同等の威力だしな。
だからこそ俺も湧き立ったのだけど……全盛期のアーサーさんと戦ってみたかった。
「はい。最後に力が乗った感触はありましたけど、威力は綺麗に殺されました」
「ほっほっほ。そうじゃぞ、まだまだ技術も経験も足らない。……でも、予想以上の強さじゃったわい。ワシが老いたのもあるが、ルインはまだ全力を出しておらんじゃろ?」
「……そうですね。殺してしまったらまずいので、力はまだ抑えています」
「面白いのう。ワシが手加減される側に回るとはのう。――ただ、これで分かったが、魔王の領土に行ける強さはあると見た。……手合わせてくれた礼じゃ。ワシの持っている情報をやろう」
本当に楽しそうに笑ってから、少し真剣な表情でそう言ったアーサーさん。
……魔王の領土の情報。これは本当にありがたいな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます