第百五十六話 鉄の棒の扱い


 昨日、泊めてもらった村と同様に一切の警戒もなく、村の中へと入れてもらえた。

 エドワードさんがすぐに村人と交渉してくれ、今回も村長さんの家に泊めてもらえることとなった。


「ルイン、今日が指導初日となった訳じゃが……一日どうじゃった?」

「……正直、めちゃくちゃ疲れました。ただ指導してもらうだけならまだしも、休む暇なく移動しないといけないというのが、本当に大変でしたね」

「ふぉっふぉっふぉ。儂も旅しながら指導するというのはなにぶん初めてなものでな。ルインが無理と言うなら、指導を易しくするが……どうするかのう?」


 戦闘中の怒声とは違い、優しい声でそう提案してくれたエドワードさん。

 正直な気持ちをいえば、即決でこの提案に乗っかりたいところなのだが、エドワードさんに指導して貰える機会など今回を逃せばもう二度とない。

 気持ち的には穏やかな楽しい旅がしたいが……俺は絶対に強くならないといけないのだ。


「……いえ! このまま一切手を抜かずに指導して頂けたら幸いです」


 俺がそう伝えると一瞬驚いたような表情を見せてから、満面の笑みとなったエドワードさん。

 予想以上に嬉しそうな表情を見せてくれた。


「王国騎士団の隊長の弟子なだけあって、根性は人一倍据わっておるようじゃな! ルインがそう望むのなら、明日からもビシバシと鍛えていくからのう。音を上げるんじゃないぞ」

「はい、よろしくお願いします!」


 満足気なエドワードさんに俺は頭を下げた。

 指導中のエドワードさんはアーメッドさんよりも怖いが、指導の分かりやすさでいえばピカイチ。


 恐らくだけど、短い期間で俺が会得できることを教えてくれているみたいだし、指導してくれるエドワードさんのためにも、全力で応えよう。

 そう覚悟を決めて、俺は明日に備えて眠りについたのだった。



 それから約4日が経過した。

 旅はアクシデントもなく、順調に進んでいている。

 エドワードさんの話によれば、あと2日もすればランダウストに着くらしい。


 その言葉通り、昨日までずっと周りが山だらけだったのに、今日のお昼くらいから整備された公道へと出ることが出来た。

 山道は歩き辛く、なにより魔物の出現率が桁外れに多かったため、公道へと戻れたことに対しての安堵が大きい。


「コレッ!ルイン。気を抜くんじゃない! 前方からアーマービートルが来とるぞ!」

「はい! すぐに倒します!」


 山道を抜けたことで気が緩んだのを一瞬で見破られ、叱咤の声が飛んできた。

 公道に出たといってもまだ山の中。

 ふわふわした気持ちを引き締めて、今襲ってきているアーマービートルの他にも、魔物が襲ってくることを頭に入れて戦闘を行う。


 アーマービートルは、硬い甲殻を持つ虫の魔物。

 防御はさることながら、頭の先端に備わっている鋭い一本角での突撃は下手すれば一撃で致命傷を受けるほどの威力を持っている。


 絶対にこの一撃だけは食らわないように気をつけながら、飛来してくるアーマービートルに合わせて俺は鉄の棒を打ち込む。

 ――そう。この鉄の棒は、エドワードさんの愛用している武器。

 特訓の成果が認められて、今は愛用している鉄の剣からこの鉄の棒を使っての特訓へと移っているのだ。


 この鉄の棒で攻撃を合わせるのは、何度やってもヒヤヒヤするな。

 全力を一瞬で解き放ち、その全力を逃がさず鉄の棒に全て乗せ、そして更に狙ったところへピンポイントで打ち込まなければ、アーマービートルの勢いは殺しきれない。


 今回狙う箇所は、鋭く尖った角。

 ここにピンポイントで攻撃を合わせられなければ、確実に致命傷を負う。

 迫り来るアーマービートルを前に、一つ短く深く息を吐き、俺は集中力を高めた。

 

 構えはエドワードさんの模倣ではなく、キルティさんから指導を受けた突きの構え。

 しっくりと来るこの構えから、俺に対して突撃してくるアーマービートルの角一点に狙いを定める。

 

「――シッ!!」


 短く発声すると同時に放った突きは、一寸の狂いもなく狙いすました箇所に打ち込めた。

 高速で突っ込んできていたアーマービートルの動きは、俺の突きによって完璧に止まり、相殺することに成功。

 

 エドワードさんならば、この一撃で仕留めることができるのだろうが、俺にはこの丸みの帯びた鉄の棒では、威力を相殺させることが限界。

 ただ、突撃の勢いさえ止めてしまえば、アーマービートルには俺に対する攻撃手段がない。

 俺は冷静に鉄の棒を握り直すと、体と体を繋ぐ節の部分を狙って再び突きを放つ。


 今度はダメージがあったのか、アーマービートルは少しよろけたあと地面へと落ちた。

 あとは簡単だ。

 俺は弱点である柔らかい腹部に追撃の突きを放つと、アーマービートルは絶命したのか、そのままピクリとも動かなくなった。


「……どうやら、もう儂が口を出すまでもないようじゃの。動き、力の入れ方。全てにおいて良かったぞい」

「ありがとうございます。……ですが、自分の技術はまだまだですので、ランダウストまでご指導お願い致します」

「……ふぉっふぉっふぉ。生粋のマゾヒストのようじゃのう。もちろん、動きや振りに乱れがあったら容赦なく口を挟ませてもらうわい。自分で言ったからには、決して音を上げるんじゃないぞ」


 完璧にアーマービートルを倒せたことで、初めてエドワードさんに褒められた。

 怒鳴られっぱなしだったエドワードさんに褒められたのは嬉しいが、慢心だけはしてはいけない。

 俺は気を入れ直し、アーマービートルの後ろから迫ってきている魔物に意識を向けたのだった。

 

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