第百五十七話 迷宮都市での過去


 公道に入ってからも、しばらく魔物の群れに襲われ続けたのだが、進むごとに次第に襲ってくる魔物の数は減っていき、公道に入ってから一日経過した今では、魔物の影すら見なくなった。

 その理由は明白で、公道を行き来する冒険者の数が圧倒的に増えたからだろう。


 エドワードさんの話によれば、もうランダウストはすぐ近くらしく、ランダウストに向かう冒険者やランダウストから離れる冒険者で、この周辺はごった返しているようだ。

 そのお陰で魔物が現れてもすぐに倒され、魔物自体が寄り付かない地帯となっているとエドワードさんは言っていた。


「おっ、ほれ。見えてきたぞい」


 俺の前を歩くエドワードさんが、そう言いながら前方を指さした。

 俺もすぐに指さした場所を凝視すると、確かにうっすらと壁のようなものが見える。


「あの壁がランダウストなんでしょうか?」

「そうじゃ。あの壁の中の街こそ、迷宮都市ランダウスト。……儂もランダウストに来るのは随分と久しいのう」

「やっぱりエドワードさんも、ランダウストのダンジョンに潜っていたんですか?」

「まあ、そうじゃな。何を隠そう儂は、ランダウスト出身の冒険者じゃからな。迷宮都市のダンジョンに憧れ冒険者になり、そしてダンジョンに心を打ち砕かれて、逃げるようにランダウストを離れたんじゃよ」


 そう言いながら笑うエドワードさんの笑顔は、何処か悲しそうな目をしているように見える。

 その悲しそうな目が気になった俺は、失礼を承知で話を伺う。


「逃げるように……と言うのは、ダンジョンを攻略できずに逃げたということでしょうか?」

「ああ。こんな儂も若い頃は怖いもん知らずでな。なまじ半端に才能があっただけに、自分の腕を過信しておったんじゃ。そして、当時組んでいたパーティで無謀なダンジョンアタックを繰り返し、あっという間にAランクパーティにまで駆け上ったのじゃが……無謀なダンジョンアタックが何度もそう上手くいくはずもなく、前衛の一人がやられた瞬間にパーティは一瞬にして半壊。アッという間に6人いたパーティメンバーの内3人が帰らぬ人となって、儂はそのまま逃げるようにランダウストを去ったって訳じゃな」


 エドワードさんの口から出てきたのは、予想以上に重い話だった。

 ダンジョンでパーティメンバーであった3人が死亡。

 俺は何処かダンジョンに対して、ワクワクしたような気持ちを持っていたのだが、このエドワードさんの言葉で心臓が浮くような感覚に襲われた。


「ふぉっふぉっふぉ。そんなにビビらんでも大丈夫じゃよ。儂らが無茶苦茶なダンジョン攻略を行っていたからこその事故じゃからな。普通に身の丈にあったダンジョン攻略をしていれば、ルインの実力ならば大丈夫じゃ。……それに、ルインの目当てはあのアーメッドじゃろう?」

「そうですが……。エドワードさん、アーメッドさんのこと知ってたんですね」

「そりゃあグレゼスタにいて、アーメッドのことを知らん冒険者はおらんよ。あのアーメッドと一緒なら、低層階ならまず大丈夫じゃろう。……まあ、昔の儂と同じように無茶をしたらどうなるか分からんがな」


 その付け足された一言を聞いて、再び背筋がゾッとする。

 アーメッドさんの実力は、助けて貰った俺がよく知っているが、それと同時に無茶な性格なのも知っている。

 エドワードさんからパーティ半壊の話を聞いて、時期尚早かもしれないがアーメッドさんを引き留められるのか不安になってきた。


 そんなエドワードさんの過去の話を聞きながら歩いていると、先ほどまでうっすらとしか見えていなかった壁が、はっきりと見える距離まで近づいていた。

 遠くからでは分からなかったのだが……壁の高さが尋常ではない。


 グレゼスタも堅牢な壁で囲われていたのだが、そんなグレゼスタの壁の3倍はあろうかという、そびえ立つ高く真っ黒な壁。

 どうやってこんな高い壁を作ったのか、俺の頭では見当もつかない。


「すごい壁ですね……。どんな外敵が襲って来ても、こんな壁に囲われていては襲えませんね」


 そびえ立つ壁を見て俺がそう呟くと、エドワードさんは含み笑いをした。

 俺はそんな意味深な含み笑いに、つい首を傾げてしまう。


「この壁は外敵から守るためのものではないんじゃよ」


 意味深な含み笑いのあとに、更に意味深な言葉を呟いたエドワードさん。

 外壁が外敵から守るための壁じゃない?

 ……トンチかなにかだろうか。 


「外敵から守るものではないって……。それじゃ何のためにこの高い壁ってあるのでしょうか」

「そりゃあ、中から外へと漏らさないように——じゃな」


 そこまで言われてようやく俺もピンと来た。

 この壁は恐らく、ランダウストのダンジョンから漏れ出た魔物を逃がさないためのもの。

 そんな異常すぎる話に色々と不吉なことを想像してしまい、俺の背筋は三度寒くなる。

 

「…………なるほど。なんか段々とランダウストへ行くのが怖くなってきました」

「ふぉっふぉっふぉ。少し脅しすぎたかのう。だが、安心して大丈夫じゃよ。もう10年はダンジョンから魔物が出たという噂は聞いておらん。年月が経過するごとにダンジョン付近の設備も整っていっておるようじゃからの。ダンジョン目当ての冒険者も増えて、低層階には漏れ出るほどの魔物はおらんし」


 そう聞いて、ようやくホッとする。

 ……エドワードさんは、何かしらと俺を怖がらせることを言うからな。


 というか、知り合いの大多数の人が俺の反応を楽しむ節がある。

 楽しそうなエドワードさんの顔を見ながら、色々な人に俺の反応は大きいから面白いと言われたのを、ふと思い出したのだった。


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