第二百四十七話 フルコース


 泊まりで行ったダンジョン攻略の反省会から一週間が経った。

 既に荷物を極力減らしての二十階層攻略を二回行っており、まだ時間的には早いながらも二十階層以降の攻略の目途が立っている。

 

 この期間で数の少なかった粉塵爆発や粘着トラップの補充や、その他ポーションの在庫も作ることができ、一昨日、昨日と二十三階層のボスについての入念な打ち合わせも行ったため、休日明けである明日から二十階層以降の攻略を目指す予定だ。


 攻略に必要な買い出しについても既に買い終えているし、今日は体力回復に努める予定。

 といっても、ただ休むだけでなくトビアスさんとの話し合いや、魔力草等による能力アップは行うけども。

 そんなトビアスさんとの話し合いは午後のため、俺は朝のルーティンをゆっくりと行ってから久しぶりに食事を取るために食堂へと向かった。


 最近はずっとお弁当を用意して貰っていたため、こうして食堂で食事を取るのが本当に久々だ。

 昨日、店主さんであるニーナのお母さんに、久しぶりに食堂でご飯を食べることを伝えたところ、腕によりをかけて作ってくれると意気込んでくれたため本当に楽しみな朝食。


「あっ、ルインさん! おはようございます。どうぞ、こっちに座ってください!」

「ニーナ、おはよう。……こっちでいいの?」


 食堂に入るなり、配膳を行っていたニーナが俺に気づいてすぐさま迎えてくれた。

 手を引っ張るニーナの案内に従うと、通されたのは普通の席ではなく、大きめのテーブルのちょっと豪華で雰囲気のある席。


「はい! お店で食事を取ってもらうのは久しぶりですから、頂いているお金に見合うように今日はちょっと豪華な食事を用意したんです!」

「いやいやいや! 俺専用でお弁当を用意して貰ってるだけで本当にありがたいし、ダンベル草カレーっていう特別扱いを既にしてもらってるから、普通のご飯で大丈夫だから!」

「お母さんがもう準備しちゃってますので! ささ、座って待っていてください」

「…………いつも本当にありがとう」


 今日も優しさに甘えさせてもらい、席につきながら小さくお礼を伝えると、ニーナは満面の笑みで頷き厨房へと向かっていった。

 ランダウストに来てたまたま見つけた宿屋だが、『ぽんぽこ亭』には本当に頭が上がらないほどお世話になっている。

 

 グレゼスタのボロ宿も良かったが、こうしてニーナやニーナのお母さんの優しさを感じられるのは、精神的にも安らいでいく感覚があるんだよな。

 ダンジョンでもう一稼ぎ出来たら必ず何か恩返しをしようと誓い、俺は料理が運ばれるのを待っていると、料理の乗せられたトレイを持ったニーナが厨房から戻ってきた。


「お待たせしました! 朝からどうかと思いましたが、フルコースですよ! これを食べて元気になってください!」

「うわっ……めちゃくちゃ美味しそう!!」


 運ばれてきた料理は、綺麗な赤みがかったビーフシチューに白いふわっふわのパン。

 それから透明な皮で野菜の巻かれた料理に、肉厚でジューシーなステーキ。

 オレンジジュースにデザートのロールケーキもあり、ルースの言葉通り本当に豪勢なフルコースが運ばれてきた。


「お母さんが腕によりをかけて作った料理ですから美味しいですよ! ささっ、召し上がってください!」

「本当にありがとね。早速頂くよ!」

 

 食前の挨拶を言ってから、俺は美味しそうなフルコース料理をゆっくりと味わって食べたのだった。



 料理を食べ終えてから、ニーナ、それからニーナのお母さんにしっかりとお礼を伝えた俺は、午後からの話し合いを行うため『ぽんぽこ亭』を後にして『ラウダンジョン社』へと来ていた。

 今の時刻はまだお昼前。

 予定の時間より少し早めに来てしまったため、一階を使わせてもらってポーション生成を行おうと思う。


 ダンジョンで使うポーションは既に作り終えているため、今回は帰ってから飲む用の回復ポーションを作ろうと考えている。

 流石に魔力草を直食いは避けたいし、薬草が貯まりに貯まっているからな。

 日持ちしやすくするためしっかり乾燥させて処理してはあるが、それでも劣化はするため早めにポーションに変えておきたいところ。


「あら、ルイン君」


 早速ポーション生成に移ろうとしたタイミングで、二階から下りてきた人物に声を掛けられた。

 声のかけてきた人物を見ると、そこにはジュノーさんが立っていた。


「あっ、ジュノーさん。一階を使わせてもらってます」

「ふふっ、見れば分かるわ。……それより、今日はトビアスと約束してるの?」

「ええ、そうですけど……なんで知ってるんですか?」

「何か色々と調べものをしていたからよ。ルイン君と会う前は、トビアスはいつもああなるからね」


 やはりトビアスさんは、知っている知識ではなくて調べて集めてくれた知識を話していてくれていたのか。

 ルースやルースのお母さんといい、トビアスさんといい感謝しかないな。


「それで、ここでポーションを作ってるってことはトビアス待ちの時間潰し?」

「はい。午後からなので、それまでポーションを作っていようと思ってたんです」

「そう! それなら丁度良かったわ。トビアスとの時間までちょっと私に付き合ってくれない?」


 うっ……。

 せっかくポーションを作ろうと思っていたのだが、思わぬお誘いを受けてしまった。


 貯まっている薬草のことを考えるなら断りたいところではあるが、暇潰しと言ってしまった以上非常に断り辛い。

 頭をフル回転させて悩みに悩んだ末、『ラウダンジョン社』の人とは仲良くしておいた方がいいと無理やり結論づけた俺は、そのお誘いを受けることに決めた。


「…………えーっと、はい。大丈夫です……」

「返事的に大丈夫そうじゃなそうだけど、付き合ってくれるっていうならいいわ。ここじゃなんだし、近くのお店まで行きましょうか」

「分かりました」


 ゆっくりと歩くジュノーさんに付いていき、辿り着いたのは廃れた商店街に似合う古くボロい喫茶店。

 ただ、店内は珈琲の良い香りが充満しており、外観とは違ってかなり雰囲気の良いお店だ。


「いらっしゃいませ。何に致しますか?」

「ホットコーヒーで大丈夫よね?」

「あー、はい。大丈夫です」

「それじゃ、ホットコーヒーを二つお願い」

「かしこまりました」


 ビシッとした服装のウェイターさんが注文を聞き、カウンターへと戻って行くとコーヒーメーカーに豆を入れ、コーヒーを淹れ始める。

 ぽこぽこと音を立てているのを見て、ポーション生成に似ているなぁと感想を抱いていると、ジュノーさんが話を始めた。


「最近凄い活躍ね。あなたの記事が掲載された新聞が飛ぶように売れて、ライター全員が駆り出されるくらいなのよ」

「そ、そうだったんですか。お力になれたみたいで良かったです」

「トビアスが初めて連れてきた時は、ただの子供だとしか思えなかったんだけど。……私の見る目がなかったって訳ね」


 初めて会った時のような幸の薄そうな表情でそう呟くジュノーさん。

 積極的に話しかけてくれたりもしてたし、トビアスさん同様に評価してくれてるんじゃないかと思っていたが、俺ってそんな風に思われてたのか……。

 

「は、ははは……。そ、それで話というのはなんでしょうか?」

「んー。コーヒーが届いてからにしましょう」


 それからコーヒーが届くまでの間、無言の時間が続き非常に居心地が悪い。

 ジュノーさんは観察するように見てくるため、本能的に苦手なこともあり話題を振るに振れないんだよなぁ。

 早くコーヒーが届くことを祈りながら待っていると、ようやくウェイターさんがコーヒーを持ってきてくれた。


「お店は古いけど、ここのコーヒーは絶品なのよ」


 初めて見た笑顔を見せ、美味しそうにコーヒーを飲むジュノーさん。

 俺も続くようにコーヒーを一口味わうように飲む。


「確かに美味しいですね! コーヒーって苦手なんですけど、深みがあるというかなんというか」

「ふふっ、気に入ってくれたなら良かったわ。――それじゃ本題に入りましょうか。私からルイン君への話というのは、各地で起こっている魔王軍による“襲撃”についてよ」


 

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