第八十八話 おばあさんによる制裁

※『エルフの涙』店主。おばあさんこと、アイリーン視点です。



 酒瓶を片手に俯いているブランドンに近づく。

 俯いているため横顔しか見えないが、以前見たときよりも大分老け込んでいるのが分かった。

 ……あの様子じゃ大分、かなり滅入っているようだね。


 まあ、それもそうか。

 ほんの数週間前までは、治療師ギルドで威張り散らしていたのに、今では底辺しか集まらない酒場で、酒を飲んで現実逃避するしかないんだもんね。

 くっくっく。自業自得とはまさに、今のブランドンのために作られたような言葉だね。


「おっ! こんなところで会うとは奇遇だね。隣いいかい?」


 ワタシがわざとらしくそう声を掛けると、俯いた状態からゆっくりとこちらを見たブランドン。

 声を掛けてきた人物がワタシだと分かると、目を見開いて驚いた様子を見せ、酷く慌てふためき転げるようにワタシから距離を取った。


「ア、アイリーンッ! 貴様、一体ここに何をしにきたっ!!」

「あーあー、いきなり大声を張り上げないでくれ。さっきも言ったけどたまたま通りがかっただけさ。ブランドンこそ、ここで一体なにをしてるんだい?」


 ワタシがそう尋ね返すと、拳を思い切り握りしめたまま、顔を真っ赤にさせて憤慨した様子を見せたブランドン。

 ついこの間会った時はふんぞり返って偉そうにしていたのに、今じゃこんな惨めな姿……。

 くっくっく。どうしても顔がにやけてしまうね。


「お前は全部知ってここに来たんだろうがっ! グギ、ギッ!!くそ!クソがああああ!!」


 先ほどまで座っていた椅子を、感情に任せるまま思い切り蹴り上げて、痛がる様子を見せているブランドン。

 そんな様子が滑稽で面白くてたまらない。

 この光景を、ルインにも是非見せてあげたかったね。


「まあ、そうさね。かなりの噂になっていたから、お前さんがどうなったかは聞いているよ。本当に災難だったようだねぇ」


 ワタシがニヤついた表情でそう声を掛けると、殺気を放ちながら睨みつけてきたブランドン。

 くくく。この様子じゃクビになって地位を失った今でも、まだ懲りていないようだね。

 先ほども思ったが、落ち込んでいたら興ざめしてしまうから、ブランドンが根っからのクズなようで本当に良かったよ。


「お前みたいな終わった人間に——俺の一体なにが分かると言うんだッ!!」


 ブランドンがワタシによく言う‟終わった人間”。

 誰がどう見ても、‟終わった人間”はあんただと思うんだがねぇ。

 ブランドンの中では、まだ元の地位まで戻れると思っているようだ。


「そんなに喚かないでくれ。声を荒げなくても聞こえているし、変な注目を集めてしまうからね」


 ワタシがそう注意をすると、鼻息を荒げながら、先ほど蹴り上げた椅子を元に戻してドカッと座った。

 そして、そのままテーブルに置いてあった酒を一気飲みすると、テーブルを思い切り叩きつけては再び痛がっている。

 くくく。本当に馬鹿な魔物を見ているようで面白いね。


「……全部あいつのせいだッ! あの小僧が辞めたときになにかしたに違いない……」

 

 ワタシを無視し、ぶつぶつとそう呟き始めたブランドン。

 あれまぁ。どうやら怒りの矛先が、ワタシから別の人物へと移ってしまった様子。


 あのまま椅子ではなく、ワタシを蹴り上げてくれれば、かるーく制裁を加えてすぐにさよならが出来たんだけどね。

 それにしても……あの小僧ねぇ。

 ブランドンが口にしている‟辞めた小僧”には、一人だけ心当たりがあるのだけど……まさかね。


「ブランドン、あの小僧って言うのは、ルインと言う名前の少年のことかい?」


 まさかとは思ったが、念のため確認を入れる。

 ワタシが噂で聞いた話では、ルインはブランドンにコキ使われたまま、使い捨てられクビにされたと聞いた。

 その噂が事実ならば、怒りがルインに行くとは到底思えないのだけどね。


 ……と、ワタシはそう思っていたのだが、ブランドンは再び目をかっ開いてこちらを見ると、顔を真っ赤にして声を荒げた。


「アイリーン! お前、ルインを知っているのか? あの小僧は一体何処にいるんだ!! 取っ捕まえて聞き出さないといけないことがあるんだ!」

「知ってるもなにもワタシのお店のお得意さんだからね。……それで、ブランドンは一体ルインが何をしたって言うんだい?」

「あいつがっ! あいつがギルドを辞める間際に、新ポーションを作る植物に細工をしやがったんだっ!! 育ててやった恩を仇で返しやがってあの糞ガキがッ!!」

「…………それはなにか証拠があるのかい?」

「証拠だとぉ? そんなものがなくても誰だって分かるんだよッ!! あいつが辞めたタイミングで色々と狂い始めたんだ! あの小僧が辞める際になにか毒でも混ぜたに違いないっ! ……絶対に! 絶対に見つけ出して殺してやる」


 ……こりゃあ完全にイッちまってるね。

 自分のミスすらも分からず、自分がクビにした相手……しかも子供に八つ当たり。

 今までは楽しく見れていたが……これには流石に少々イラッと来てしまったよ。


「一応、言っておくがルインはそんな子じゃないよ。……ルインが辞めたタイミングから狂い始めたのなら……それはルインが有能だったからじゃないのかい?」

「はっ! 小汚い農奴が有能? 馬鹿も休み休みに言うんだな」

「少なくともワタシは、こんな酒場で酒を飲みながら八つ当たりしているお前さんなんかよりも、何倍も有能だと思うけどね。……それに聞いた話では爵位もはく奪されたそうじゃないか。――あっはっは! お前さんも散々こき下ろしていた平民に成り下がったって訳だね」

「おいっ! もう一度言ってみろ。伝説の薬師だか何だか知らないが、舐めた口を利いているとぶち殺すぞ?」

「ん? どこの部分をもう一度言って貰いたいんだい? ルインの方がお前さんよりも100倍は有能ってところかい? それともお前さんが平民以下のゴミカス野郎に成り下がったって話かい? ……それと、こんな年寄り相手に粋がるのは恥ずかしいからやめた方がいいね。見ていてこっちが恥ずかしくなるよ」


 ワタシが面と向かって笑顔でそう告げると、ブランドンは顔を真っ赤にさせてゆっくりと立ち上がり、ふらふらとこっちへ向かってきた。

 酔っているのもあるのだろうけど、身のこなしがまるでなっていない。

 こんなド素人が、よくワタシ相手に‟殺す”なんて言葉を吐けたもんだよ。


 怒りを露わにしているブランドンはワタシの目の前まで来ると、大きく振りかぶって殴りかかってきた。

 ……人間相手にこんな大振り。さては喧嘩すらしたことがなさそうだね。

 この振りかぶっている間に、ブランドンを10回は殺せるが、既成事実を作るためにわざと殴られることに決める。

 

 飛んでくる拳に合わせて受け流す体勢を整え、ブランドンの拳が頬に触れた瞬間に自ら吹っ飛ぶ。

 ワタシが吹っ飛んだことで、店内でワタシ達の口喧嘩を静観していた輩共が大きく湧いた。

 店内を荒らして悪いと思っていたのだが、酒場のマスターも喜んでいるところを見るとそんな気持ちも一瞬で消え失せるね。


「過去の栄光に縋り続けている糞ババアがっ! 俺に舐めた態度を取るから痛い目を見るんだよッ!!」


 吹っ飛んだワタシを見て、そう誇らしげに叫んでいるブランドン。

 ……おかしいね。拳が触れた瞬間に自らふっ飛んでいるから、ブランドンの手には手ごたえと言うものが一切ないはずだと思うんだけどねぇ。

 もし仮に完璧に殴れていたとしても、年寄り相手にイキって恥ずかしくないのかワタシは不思議でたまらないよ。


 ……さてと、殴れたと思って気持ちよくなったのなら、もういいだろう。

 次はワタシが気持ち良くなる番だ。


 殴られてあげたからね。先に手を出したのはあんた。

 ワタシをコケにしたことは……まあ、いいとして、ルインにブランドンの手が行かないようにしっかりと痛い目を見て貰おうか。


 ワタシはゆっくりと立ち上がると、服の汚れをはたいてから、笑顔のままブランドンに向かって一直線で歩いていく。

 誇らしげに笑っていたブランドンだったが、怪我一つないワタシの顔を見て、笑顔のまま表情を凍らせた。

 そんなブランドンにワタシは杖を構えて、ゆっくりと近づく。


 さてと……ブランドンに本物の暴力を教えてあげようか。

 ワタシは杖を変形させずに構えると、ブランドンのみぞおち目掛けて、鋭い突きを放つ。

 当然、反応の出来る訳がないブランドンは突きを諸に食らい、体をくの字に大きく曲げた。

 みぞおちに完璧に入り、息が出来ないのか口を魚のようにパクパクと動かしている。

 

 この一撃で恐らく戦意は喪失しているだろうが、まだワタシの手は止まらない。

 続けざまに、両肩に突きを放ち脱臼させると、そのままの流れで両腿にも突きを放つ。

 足を突かれたことで、膝から崩れ落ちるブランドンに合わせるように、アッパー気味に顎を下から杖を回して振り上げる。

 

 杖が顎に直撃したのち、顔面から地面へと落ちたブランドンは鼻から大量に血を流しながら、ピクリとも動かなくなった。

 ふぅー。

 クズを叩きのめす時が一番気持ちが良いね。

 

 ワタシとしては、死体のようにピクリとも動かないブランドンを見て満足したのだけど、ルインに近づかないようにも言っておかないといけない。

 気絶しているブランドンを仰向けにしてから、顔を凍り付かせている店主にバケツ一杯の水を貰い、それを顔面からぶっかける。


「――ぶはっ!! ぁがぅ…… ひっ!ひいいいいい!!」


 気絶から回復したブランドンはワタシの顔を見るや否や、悲鳴を上げて身じろぎ逃げようとしている。

 ただ、脱臼をさせているため腕は使えず、太ももを撃ち抜いているため足も使えない。

 狙い通り、立ち上がることすら出来ないようだね。


「ブランドン。起きたかい? あのまま寝させてあげても良かったんだけどね……。一つだけ伝えたいことを忘れていてね。――ルインになにかしようとしたら殺す」


 ワタシが満面の笑顔でそう伝えると、首を縦にブンブンと振ったブランドン。

 うん。瞳には恐怖の色しか見えないし、これで多分大丈夫だろう。


「分かってくれたのならいいんだよ。ワタシからすりゃ、お前さんがなにをしてようが関係ないからね。くれぐれもルインの前には顔を出さないように気をつけるんだよ。次は本当に‟痛い”だけじゃ済まないからね」


 顎も砕いたためか、言葉を発せずにひたすら首を縦に振っているブランドン。

 やっぱり人に分からせるのには、暴力が一番楽だね。

 ついさっきまであれだけイキがっていたブランドンが、まるで子犬のような目で助けを求めて媚び諂っているんだもんね。


 さてと、やることもやったしそろそろ帰ろうか。

 ひっさびさにスッキリ出来たね。

 ワタシはお店を荒らしてしまった詫び料として、マスターに金貨1枚を手渡してから、ボロボロのブランドンを置いて『海の土竜』を後にした。

 


 その後しばらくして、ブランドンがグレゼスタの街を去ったと言う話を、贔屓にしている冒険者パーティから聞いた。

 別に街から去れとまでは言っていなかったのだが……流石に一般人相手に脅しすぎてしまったようだ。

 まあでも、ルインにとってもブランドンにとっても、グレゼスタの街を離れると言うことは良い選択だったのじゃないかとワタシは思う。


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