第八十七話 ブランドン探し

※『エルフの涙』店主。おばあさんこと、アイリーン視点です。



 ブランドンを探しに歓楽街へとやってきた。

 歓楽街に来た理由は、あのブランドンならばクビにされた場合、この歓楽街に発散しに来る可能性が高いと思ったから。


 仮に歓楽街で見つからなかったとしても、歓楽街にはとある伝手があるため一石二鳥。

 さて、早速ブランドンが行きそうな店を回って、情報を探そうかね。



 それからワタシは、歓楽街にあるブランドンが行きそうなお店を見て回ったのだが、予想に反して情報は一切入手出来なかった。

 あまりの情報の無さに、箝口令かんこうれいでも敷いているのではいないかとも疑ったのだが、‟元”治療師ギルド長程度では、箝口令なんて敷ける訳がないと思い直す。


 聞いて回っていた時の反応も、なにか隠している様子ではなかったし、単純にここに来ていないだけか。

 ワタシの予想では歓楽街で遊び歩いていると思っていたのだが、意外とどこかで落ち込んでいたりしてな。

 落ち込んでいる相手を馬鹿にしてもつまらないため、少し興ざめしながらも一応ワタシの伝手にも当たってみようか。


 歓楽街からそのまま向かったのは、見るからに汚い『ビンカス』と言うバー。

 このお店は、ワタシが昔よくお世話になっていた‟元”情報屋がマスターをしている所だ。


 一応、元情報屋なのだが、バーと言う場に身を置いているためか、未だにここいらの情報ならばグレゼスタ一詳しいと言っても過言ではない。

 個人的にはあまり会いたくない相手だけど……ブランドンを煽るためだ。

 仕方がないが、入ろうかね。


 一呼吸入れてから『ビンカス』の扉を開けると、ボロっちい木の扉が軋み、不快な音を立てた。

 その音に顔を歪めながら店内へと入ったのだが、外観の汚さやボロさとは裏腹に、内装はかなり凝っていて洒落た作りとなっている。

 

「いらっしゃいませ。お一人――。……誰かと思ったらアイリーンさんじゃないですか。随分と久しぶりですね。てっきり死んだかと思っていましたよ」

「ハロルド。お前さんは相変わらずのようだね」


 黒い清潔感のある衣装に身を包んだ、ちょび髭の如何にも怪しい男。

 この男が、グレゼスタ一の情報屋だったハロルド。


「それで今日はどうしたんですか? お酒を飲みに来てくれたのでしたら嬉しいのですが」

「けっ。誰がわざわざ、お前さんのところに酒なんか飲みにくるかい」

「……と言うことは、情報を売って欲しいんですね」


 ハロルドがそう言った瞬間に、ワタシはハロルドに向かって金貨を数枚投げる。

 ハロルドは直前までコップを拭いていたが、器用に金貨を全て空中でキャッチした。

 昔よくやっていた渡し方なのだが、このやり取りすらも懐かしく感じる。


「金貨3枚もいいんですか? もう昔のように良い情報は持ってませんよ?」

「お前さんに良い情報なんか求めてないよ。……ワタシはあの時騙されたことをまだ根に持っているからね」


 ワタシがハロルドにそう告げると、先ほどまですましたような顔が苦笑いへと変わって行った。

 

「まだ数十年前のことを根に持っているんですか。あの頃は私も本当に若かったですし、騙す相手を間違えたと、数十年経った今でも思ってますから、そろそろ水に流してはくれませんかね?」

「無理だね。……そんなことより、早く情報を教えてくれないか? ブランドンと言う‟元”治療師ギルドのギルド長の居場所が知りたいんだ」

「ああー。ブランドンさんですか。今、話題の人物ですね。確か今は……『海の土竜』って言う酒場に入り浸っていると聞きましたよ」

「……『海の土竜』。スラム街の酒場かい。貴族至上主義者のブランドンが随分と堕ちたもんだねぇ。道理で歓楽街を探しても見つからない訳だ」

「まあ、爵位もはく奪されたみたいですしね。……それよりも情報はこれだけでいいんですか? 金貨3枚も頂いたなら、良ければアーサーさんの情報も」

「――ハロルド。次、そのつまらない口を開いたら殺すよ」


 ワタシはハロルドが反応出来ない速度で、カウンターを乗り越え背後を取り、後ろから首元に仕込み杖を当てて、静かにそう告げる。

 一瞬にして静寂が包み込み、背後を取られたハロルドは、一瞬にして全身から滝のような汗を噴き出した。

 ハロルドが無言のまま、そのままゆっくりと手を上に上げたため、ワタシは杖を下ろし再び店の入り口へと戻る。


「あ、相変わらず……ほ、本当に冗談が通じない……お、お方ですね。し、死んだかと思いましたよ」

「つまらない冗談を言うから悪いんだ。……次は本気で首と胴体が飛ぶから、覚悟してアーサーの名を口にするんだね」

「……も、もう言いませんよ」

「それじゃ、ワタシはもう行くよ。……情報はありがとうね」


 カウンターに体を預けて俯いているハロルドにそう告げて、『ビンカス』を後にした。

 ついカッとなって危うく、ブランドンを笑う前に人を殺めてしまうところだったが、すんでの所でなんとか冷静さを取り戻した。

 

 ……それにしても、やっぱりハロルドの野郎は好きじゃないねぇ。

 情報を無駄に持っているため、昔からああやって人のトラウマをほじくり返しては、楽しむ性根の腐った男だった。

 ハロルドについての小さなイライラを抱えながらも、ワタシはスラム街へと到着し、そのままの足で『海の土竜』へと向かった。



 それにしても……スラム街に入ってから、ワタシを狙う目が凄いね。

 もちろん性的な目ではなく、ワタシの持つ金銭を奪おうとしてくる輩たちの視線。


 スラム街でたむろしている輩程度には、絶対に負けないが……勝てるからと言って向けられて気分のいい視線ではない。

 そんな視線を無視し、輩共に背後を取られないよう気をつけながら、『海の土竜』へと辿りついた。


 『海の土竜』はまさしく、なんとかして酒だけは飲みたい金なしの底辺が集う場所。

 こう言った治安が悪く下品な場所は、本当に好きじゃない場所なのだが、ここまで来たのなら行くしかない。

 ブランドンを笑うために、わざわざ金貨3枚も払ってしまっているしね。


 ワタシが『海の土竜』の扉を開けると、中にいた酔っ払いたちが一斉にこちらを向く。

 どいつもこいつも貧相な服を身に着けた悪人顔で、ワタシが入ってきたことで獲物が来たとでも思っているのかニヤニヤとしている。


 そんな中、こちらを一切見ずに、店の奥で一人俯きながら酒を飲んでいる男に目がいく。

 姿はかなり変わっているが、ありゃブランドンだ。

 

 さて、ルインの分もワタシが馬鹿にするとして……ブランドンとの最終決戦と行こうかね。


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