第八十六話 治療師ギルドの今

※『エルフの涙』店主。おばあさんこと、アイリーン視点です。




 店売用のポーションの生成と、依頼されていたポーションの生成を終えて、お茶を飲みながらホッと一息つく。

 それにしても、今日は仕事が意外と早く終わったね。

 

 お茶をもうひとすすりしながら、やることもないためボーッとする。

 こういった何もない時間も、気分が落ち着くしいいんだけど……最近、ルインが遊びに来てくれないのはやっぱり寂しいね。

 去り際に一月ほどは来ないと言っていたから、来ないとは分かっているんだけどルインとの会話は楽しいから、毎日来ないかどうかを年甲斐もなく待ってしまう。


「……ルインで思い出したけど、今日はこれから予定もないし、治療師ギルドへ行ってみてもいいかもしれないね」

 

 ここ数週間、治療師ギルドからの納品依頼もぱったりと来なくなってしまったから、治療師ギルドには行ってなかったけど、久しぶりにブランドンの顔を拝みに行くのはいいかもしれない。

 次、ルインが来た時の話のネタにもなるしね。

 

 そうと決まれば、早速準備を整えて出発しよう。

 最後に聞いた噂は、ルインに話したように酷い惨状だったから、もう既にブランドンは治療師ギルドにいないかもしれないけど、いなかったとしても治療師ギルドがどうなったのかも気になる。


 シャーロットが治療師ギルドに戻るのであれば、また交友を深めたいからね。

 ……半ば強制的に追い出されたシャーロットが、治療師ギルドに戻るとは思えないけど。

 そんな思考を巡らせながら、ワタシはゆっくりとした歩きで、治療師ギルドへとやってきた。


 

「……おー、これは随分と酷い有様だね」


 視線の先に治療師ギルドが見えてきたのだけど、余りの惨状に思わず言葉が漏れてしまった。

 前回、薬草を納品しに来た時は、まだお客さんで溢れかえっていたのだが、王族相手にミスをしたと言う噂が市民たちの間でも広がったのか、すっかり客の姿が見えなくなっている。


「くっくっく。もしかしたら、ワタシが納品した低品質の薬草のせいかもしれんがね」


 そうだとしたらやった価値はあったと思う。

 治療師ギルドについて調べていったところ、ルインの治療師ギルド内での扱いについても分かったから、少し度を超えた嫌がらせをしていたのだが……ブランドンがいなくなっていたとしたら、もう追い打ちをかけるのは止めていいかもしれない。

 治療師ギルドの自業自得とは言え、治療師ギルドが機能していないと、困る人たちが大勢いるのは事実だからね。


 そんなことを考えながら、ガラガラとなった治療師ギルドにワタシは入った。

 外からでも分かった通り、ギルド内も数えられるほどしかお客がいない。


 と言うかお客さんよりも、視界に入っているギルド職員の方が多いくらいだ。

 そんな治療師ギルドの惨状にワタシは笑いを堪えきれない状態のまま、受付へと足を運ぶ。


「いらっしゃいませ。本日は診察でしょうか? それともお薬やポーションのご購入でしょうか?」

 

 こんな惨状なのに、いつもと変わらない接客をしてくる受付嬢に少し感心しながらも、ワタシはいつもの要領でブランドンの元へと通してもらえるように、嘘を交えながら話をする。


「どちらでもないよ。実は、少し前にここのギルド長であるブランドンさんから呼び出しを受けていてね。面会を取り次いで欲しいのだけど頼めるかい? ……ああ。これが証明書だよ」


 ワタシは受付嬢に見えるように、偽造証明書を突きつけると、証明書を確認したのち浮かない表情を見せた。

 一瞬、証明書が偽物だとバレたのかとも思ったが、表情から察するに違うようだ。

 

「……あの、大変申し上げ難いのですが…………」

「なんだい? はっきりと言ってくれないと分からないよ」

「…………ブランドンさんはもうここにはいないんです」


 受付嬢から発せられたその一言に、ワタシは思わず口角を吊り上げてしまう。

 その後、内からあふれ出る感情を抑えきれず、大声で笑ってしまった。

 

「あっはっは! なんだい? ブランドンの奴はどこかに飛ばされたのかい?」


 演技するのも忘れて、高笑いしたワタシに驚いた様子を見せた受付嬢。

 ブランドンがここにいないと分かったなら、もう取り繕う必要がないからね。

 

「黙っていないで教えてくれないかい? こっちは呼び出された側なのだから、知る権利はあると思うよ?」

「あっ、えーっと。そうですね。ブランドンさんはつい先日、治療師ギルドをお辞めになりました。どこに行ったとかは聞いていませんので、そこから先の行方は私でも分からないです」

「……ん? 捕まったとか連行されたとかはないのかい?」

「え、ええ。詳しい話は分かりませんが、捕まってもいないと思いますし、連行もされていないと思います」

「そうなのかい。それは残念だね。……色々と教えてくれてありがとね。良い情報を聞けたしワタシはもう行くよ」

「残念……?――えっ! あのギルド長に会わなくてもいいのですか?」

「ああ。ワタシが会いに来たのは治療師ギルドのギルド長ではなくて、‟ブランドン”だからね」


 困惑している様子の受付嬢にそう告げて、ワタシは治療師ギルドを後にした。


 くっくっく。ブランドンの奴、やっぱりクビにはなっていたようだね。

 前回、調べた時点でやらかしすぎていたから、妥当と言えば妥当だけど……。

 ただ、捕まっているのではとも思っていたから、逮捕は免れているようでそこだけは非常に残念だ。


 獄中にいるブランドンを笑いに行きたかったのだけど……仕方がない。

 受付嬢は‟先日”辞めたと言っていたし、まだブランドンの奴はグレゼスタにいるだろう。


 探し出し、せめて直接笑いに行ってあげようか。

 向こうがキレて先に手を出してくれば、ワタシが直々にお仕置き出来るしねぇ。


 それと、治療師ギルドの現状はシャーロットに報告してあげようか。

 あの治療師ギルドの様子じゃ、数日持たずに新しいギルド長も飛ぶだろうし、情報を教えてあげて後をどうするのかはシャーロットに任せればいい。

 

 ワタシはそんなことを考えながら、ブランドンを探すためにグレゼスタの歓楽街へと足を運んだのだった。

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