第二話 生きるために残された選択肢
俺の全所持品が入った小さな鞄を肩にかけ、グレゼスタの大きな広場のベンチに腰を下ろしながら、放心状態となって一時間が経とうとしている。
治療師ギルドを追い出されてからすぐに次の職を探そうと、手当たり次第にお店を回って雇って貰えないかの交渉を行ったのだが、結果は全敗。
それもどこに行っても話すら聞いてもらえず、全ての場所で門前払いを食らう始末。
先ほど、ブランドンに言われた‟最低ランク評価で送っているから何処もお前を雇ってはくれない”と言う言葉が、本当であったと言うことを今しがた身を以て体験した。
もう俺にはどうすることも出来ない。
ブランドンから故郷に帰れと言われたが、そもそも両親は既に他界しているため、故郷に帰ったところで仕事がある訳でもなく、ブランドンがコケにしている‟農民”にすら俺はなることが出来ないのだ。
唇を噛み切るほどに感じていた、ブランドンへの怒りも消沈してしまっているほどに、俺は今絶望的な状況に立たされている。
放心状態となりながらも、絶望的な状況の俺が考えついた選択肢は三つ。
一つは冒険者となり、自力で魔物を狩ってお金を稼ぐこと。
俺が職に就けるとしたら、どんな者でも引き受ける冒険者しか残されていない。
ただ俺は、10歳までは延々と畑で土を耕し野菜を収穫する日々を送り、10歳から15歳までの間は雑用と薬草の鑑定しかしてきていない。
畑仕事はまだ力仕事であったと言えるが、グレゼスタに来てからの五年間の内、丸四年は薬草の鑑定だけをしてきたと言っても過言ではないのだ。
魔物と戦ったことがないのはもちろんのこと、人を殴ったことすら生まれてこの方一度もない。
そんな俺が冒険者となってもなにか出来る訳もなく、最低ランクのクエストもこなせずに死ぬのが目に見えている。
となると二つ目の選択肢なのだが……これもあまり現実的ではない。
二つ目の選択肢。それは‟薬草を生成”し、生成した薬草を売って生活すること。
どういうことかと言うと、俺の【プラントマスター】の能力は植物を鑑定するだけのスキルではなく、‟鑑定した植物を魔力を消費することで生成できる”と言う事が三年程前に発覚していた。
この時点で俺の【プラントマスター】は‟レア”ではないのではと思っているのだが、これは今考えることではないため置いておこう。
つまり俺は、一度鑑定した植物を魔力によって生み出すことができると言うことなのだ。
この能力を見つけたときは、俺の立場が向上すると確信していたのだが、すぐに俺の魔力総量がとてつもなく少ないと言うことが発覚したため、あえなくゴミ能力と言う判をブランドンによって押されてしまった。
実際に俺の魔力量では、一日に普通の薬草を三本生成するだけで魔力が空となってしまい、魔力不足となると数時間は動けなくなってしまう。
意気揚々とブランドンを呼び出して薬草三本だけ生成してぶっ倒れたときは、終わったと思ったのを今でも鮮明に覚えている。
ちなみに最底辺と呼ばれているFランク冒険者でも、一日に約12~15本の薬草を採取することが出来ると言えば、俺の能力の使えなさが分かるだろう。
ただそれでも一日に三本の薬草は生成することができ、一日で銅貨一枚ほどは稼ぐことが出来る。
三食全て固いパン一個に野宿をすると言う生活になるが、なんとか生き長らえることは出来る……がやはりこれも厳しい。
俺は鞄の中を漁り、おもむろにお金の入った袋を取り出す。
……このお金は俺が治療師ギルドで働いて稼いだ今の全財産。
虐げられていたが給料は払ってくれていたため、こうしてお金が貯まっている。
まあ給料を払ってくれていたと言っても貰っていた給料は違法な低賃金だったし、朝から晩まで常に働き続けていたせいで、娯楽にお金を使う暇がなく貯まったってだけなんだけどな。
そして最後であるが、俺が一番可能性があると思っているのはこの三つ目の選択肢。
三つ目の選択肢、それはこの貯めたお金を全て使って冒険者を雇い、山へと籠って魔力草を可能な限り採取すること。
魔力草とは魔力を回復させるポーションの材料で、治療師ギルドでも重宝されていた有用性のある植物だ。
そして、重要なのがこの魔力草。ただ魔力を回復させるだけでなく、魔力が最大の時に生で食べると自身の魔力量を微量ながら高めてくれる作用を持つ。
魔力草が超絶に苦いと言うことと本当に微量しか上昇しないと言うこともあり、この情報は世間一般的には知られておらず、恐らく【プラントマスター】のスキルで鑑定したことによって初めて分かった効能。
この魔力草を使って俺自身の魔力を増やすことが出来れば、余裕で暮らせるだけの薬草を生成できるようになるだけでなく、自分で自分の魔力を上げる魔力草を生み出すことも出来るようになる。
このように魔力を上げることで、【プラントマスター】に無限の可能性が生まれるのだ。
聞いたところによると、この世界のどこかには筋力を上げる植物や様々な耐性がつく植物もあり、こっちはお伽話のような話であるが、死者をも蘇らせるほどの治癒能力を持った植物なんてのもあるという噂を聞いたことがある。
最後の方は完全に遠い未来の話だが、とりあえず未来のことは置いておいても、俺が絶対に必要となると考えているのは魔力草なのだ。
自力で採取せずに全財産はたいて買うことも考えたのだが、魔力草は有用性が高いだけに値段も高く、薬草が三本で銅貨一枚なのに対して魔力草は一本で銅貨二枚。
薬草の約六倍の値段がついているのだ。
俺の今の全財産では買えて魔力草350本くらい。
十分な数ではあるのだが、足りなかったときは人生が終わるため、そんな博打に出ることはできない。
だから冒険者を雇って自力で魔力草を採取し、売る用と自分で使う用を確保できれば、生活サイクルを回すことが出来ると俺は考え付いたのだ。
そして俺は、これが一番可能性のある選択肢だと思っている。
と言うか選択肢を三つ上げたが、実質一つしか現実的ではない。…………そうと決まったら、座っている暇なんかないな。
時間は有限。ゆっくりとしていると日が暮れてしまう。
一日無駄にするたびに、食費と宿代でどれだけ節約しても銅貨四枚はなくなっていく計算。
お金を稼ぐ手段がない俺には、本当に一分、一秒が命取りとなる。
五年間、酷い扱いを受けてきただけあって、気持ちの切り替えには絶対の自信を持っている。
門前払いを食らったことは頭から消し去り、俺は護衛の依頼を出すため、すぐに冒険者ギルドへと向かった。
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