第二百八十話 決着


 熊型ミイラを倒したと同時に、張っていた気が抜けて膝から崩れ落ちる。

 まだ戦いは終わっていないと頭では分かっているのだが、体が言うことを聞かないのだ。


 麻痺させた体も徐々に感覚を取り戻してきているのも分かるし、それに伴ってじわりじわりと痛みが全身を襲ってきている。

 骨折に無数の切り傷、それから肉体の限界を超えて動いたせいでの筋肉損傷。

 

 確実にまずい状況に冷や汗が止まらない中、熊型ミイラと戦っている最中は目に入らなかったフロアの様子を伺う。

 倒れている俺を他所にまだ激しい戦闘が行われているが、ミイラの数自体は大分減っていた。


 ロザリーさんが魔法陣の前に張って召喚された魔物を次々と倒していき、アルナさんが飛行能力を持つミイラと俺に近づこうとするミイラを射殺す。

 連携もバッチリと取れており、数では圧倒されていても安定した戦いを繰り広げている二人を見て少し安堵した。


 これで戦況が押されていたとなれば、確実に戦犯は俺となる。

 戦闘中は頭に過ってすらいなかったが、熊型ミイラも俺一人の力ではなく二人に協力を仰げば、もっと楽に倒せていた可能性だってあった訳だしな。


 この安定した戦況を覆すような強力なミイラが召喚されないことを祈りながら、二人の戦いを見守っていると、人型ミイラが六体召喚されたのを皮切りに一切のミイラが召喚されなくなった。

 仮面の女王に目を向けると、定期的に放っていた【ファイア】も使わなくなっていたことため、とうとう魔力切れとなった様子。


 フロアに残るミイラは猿型ミイラ三体と鳥型ミイラ二体、それから最後に足掻いたように召喚された人型ミイラが六体だけ。

 二人もミイラが新たに召喚されないと気づいたようで、最後の力を振り絞るように攻撃速度を上げ、残りのミイラを一気に殲滅しにかかった。


 アルナさんは惜しげもなくスキルを使って攻撃をし、ロザリーさんは目にも止まらぬ速度で猿のミイラを斬り殺していく。

 そして、いよいよフロアに残る魔物は仮面の女王だけとなり、ロザリーさんの袈裟斬りによって、あっさりと仮面の女王は灰となって露散したのだった。


「ルインさん! 大丈夫ですか!?」

「ロ、ロザリーさん、お疲れさまです。さ、最後まで戦えずにすいませんでした」

「いやいや! 強敵を任せきりにしちゃいましたので――ってそんなことよりも怪我の状態が……」

「た、多分ですけど……大丈夫だと思います」


 仮面の女王を斬ってからすぐに駆け寄ってきてくれたロザリーさん。

 満身創痍の俺を見て顔を青ざめている。


 大丈夫とは言ったものの、確かに今までで一番危険な状態にある気がしてきた。

 痛みはもちろんだが、体の芯から冷えるような感覚があり、少しでも気を抜くと意識が飛びそうになる。


「動けないんだから大丈夫じゃないでしょ。ロザリーもルインに回復薬をかけて」

「は、はいっ!」


 少し遅れて俺の下まで来てくれたアルナさんはそういうと、二人に念のために渡していた回復薬を取り出し、倒れている俺に浴びせるようにかけてくれた。

 ただ、それでも痛みが若干引いた程度で、自力で歩くのは到底な無理なことから、俺はロザリーさんに背負われる形でセーフエリアへと駆け込んだのだった。


 

「酷い傷だな。よくこの体で戦えたもんだわ。見ろ、こっちの古い傷なんて化膿してぐじゃぐじゃになってるぞ」

「麻痺ポーションで強引に痛覚を遮断して、無理やり動いてたって感じですね」

「麻痺ポーションってこれか。……うへぇ。こんなのただの毒じゃねぇか。これを自分に使うとか正気じゃねぇな」

「そうですね。俺もまさか自分に使うとは思ってなかったです」


 セーフエリアへと運ばれた俺は、テントを張っていた【雨のち晴れ】というパーティのご好意により治療を行ってもらっていた。

 俺の傷を縫合し、手当てしてくれているこの人が【雨のち晴れ】のパーティリーダーであるゲルトさん。


 表情が見えないほどの髭を生やしていて、体も筋骨隆々でおっかない見た目をしているのだが、見た目とは裏腹に優しく医療知識も豊富な人。

 二十階層のセーフエリアで優しくしてもらったジーニアさん同様、冒険者の方は本当に親切な人が多い気がする。


「よしっ。治療はこんなもんだろ。あとは薬を飲んで、数日寝てれば動けるようになるぜ」

「ゲルトさん。知り合いでもない俺を助けて頂き、本当にありがとうございました。この御恩はいつか必ず返させて頂きます」

「はっはっは! 別に気にしなくていいぜ。ダンジョンに潜ってりゃ何かしらのトラブルはつきものだからな。お互いに困ったときは助け合うのがマナーってもんだ。お前さんもダンジョンで困ってるやつを見かけたら、その時に今回の恩をそいつに返してやってくれ」


 爽やかに笑顔でそう言ったゲルトさん。

 俺もゲルトさんを見習って、誰かが困っていたら手を差し伸べたい。

 そんな風に強く思わされる出来事だった。


「ルイン、入る。言われた通り、薬草とオール草とジフェン草をすりつぶしてきた」


 優しさにほっこりとしていると、ゲルトさんに頼まれた仕事を終えて戻って来たアルナさんが、テントの中へと入って来た。

 手には俺が渡した上薬草とオール草、そしてジフェン草を擦り潰したものが持たれている。


 ジフェン草というのは『睡眠(低)』の効能を持つ植物で、俺自身は効能が低かったためこれまで見向きもしていなかったのだが、体に痛みが生じて眠れなくなるのを防ぐには丁度良いらしく、ゲルトさんのご厚意で分けてもらった植物だ。


「助かるぜ。それを早く飲ませてやりな」


 アルナさんはチラッとゲルトさんを見て会釈したあと、手に持った薬を俺に飲ませてくれた。

 ポーション生成の際に俺がいつもやっている、『エルフの涙』直伝の苦味取りが行われていないため形容し難い酷い味だが、顔を歪めながらも吐き出さずに飲み込んだ。


「それじゃ俺は失礼させてもらうぜ。俺らもまだ数日は戻るつもりはないから、起きて元気になったら改めて話しよう。それじゃあな」

「ゲルトさん、本当にありがとうございました」


 手をひらひらさせてテントから出て行くゲルトさんを見送ってから、俺はアルナさんに見守られつつ、深い眠りへとついたのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る