第百四十二話 果てしない夢


 キルティさんと約束を交わしたあと、仕事へと向かったキルティさんを見送ってから、俺はそのままの足で【エルフの涙】へと向かう。

 グレゼスタを発つと決めたのなら、グダグダとしている時間はない。

 おばあさんにも、キルティさん同様に伝えなくてはいけないからな。


 それに三日前に聞いた話では、バーンは【エルフの涙】に運ぶと言っていたため、【鉄の歯車】さんもまだいる可能性が高いはず。

 おばあさんと同時に、【鉄の歯車】さんにも報告することができるし、【ビーハウス】に行く手間が省けるのは大きい。


 そんなことを考えながら、俺はお店の前に着き、恒例となっている深呼吸を行う。

 大きく吸った息から、【エルフの涙】の前に漂う、自然の良い香りが鼻をくすぐった。


 植物採取からセイコル街を襲った魔王軍の制圧。

 それから激闘の疲れで3日程寝込んでいた影響で、一週間は顔を出せていない。


 最近は毎日のようにポーション生成を習いに来ていたから、一週間程度でも久しぶりだなと思ってしまっている。

 早速、扉を開けると心地の良い鈴の音が出迎えてくれ、カウンターにはおばあさんの姿も見えた。


「おや、ルインじゃないか! 久しぶりだね!」

「すいません。少し色々とありまして、顔を出せずにいました」

「謝ることじゃないよ。それにセイコルの街を救出に行ったんだろう? 数人、怪我人がワタシのとこにもやってきたから知っているよ」


 やっぱり怪我人がここにも運ばれていたのか。

 流れ的にも十中八九、バーンもここに連れてこられたのだと思う。


「あの……そのことなんですけど、怪我人ってまだいたりしますか?」

「ん? いや、もうとっくに全員帰してあるよ。ワタシの店は治療ではなくて、製薬がメインだからね。怪我の具合を見てポーションと植物を渡して、その日の内には帰らせているんだ」


 ……それもそうか。

 普通に考えれば、【エルフの涙】のような小さなお店に人を看病できるようなスペースはない。

 一石二鳥だと思っていたが、読みを完璧に外してしまった。


「言われてみれば、確かにそうですね。ちょっと自分が馬鹿でした」

「なんだい? うちのお店に来た怪我人に知り合いでもいたのかい?」

「ええ。植物採取の護衛をいつもしてもらってる冒険者さんが、【エルフの涙】に行くと言っていたので、まだいるかなと思っていたんです」

「ああー。そういうことだったのかい。でも、心配せずとも無事だと思うよ。ワタシが見た限り、命に別状がある怪我人はこのお店に来ていなかったからね」

「そうなんですか! その言葉を聞けてかなり安心しました」


 バーンの容態をこの目で確認することは出来なかったが、おばあさんからかなり有益な情報を貰えた。

 怪我が酷かったから心配していただけに、かなりホッとしている。


「それで、今日ここに来たのはその友達を探しに来ただけなのかい? それともポーション生成をしていくかい?」

「……いえ。実は今日、一つ報告があってきたんです」

「報告? ……んー、なんか嫌な報告な気がするね」


 報告があると言った俺の言葉に、疑いの目を向けてきたおばあさん。

 流石に長年生きているだけあって、こういった勘が鋭いようだ。


「図星ですね……。実は俺、グレゼスタを発つことにしたんです」


 俺がそう告げると、おばあさんは目を見開いて驚いた様子を見せた。

 勘の鋭いおばあさんでも、流石にこの報告は予想外だったようだ。


「なんでなんだい? ルインの口から、最近は本当に充実した生活を送れていると聞いたばかりだけどね。もしかして……セイコルの街でなにかあったのかい?」


 やはりおばあさんは鋭いな。

 俺が報告しているのに、言い当てられる度に体がビクンと反応してしまう。


「はい、そうですね。実は——」


 俺はそれから、おばあさんにセイコルの街で起こったことと、先ほどキルティさんに話したことを事細かに伝えた。

 おばあさんはキルティさんのように動揺することはなく、小さく頷きながら聞いてくれ、俺もすんなりと説明することが出来た。


「なるほどね。そんなことがあっての、グレゼスタを発つってことだったのかい。……ワタシはルインにはルインにしか出来ないことがあると思うから、無理に戦いに身を投じなくてもいいのではないかとも思ってしまうんだけど、ルインはそこまでして、誰かの助けになりたいのかい?」

「そうですね。行く当てもなかった俺を救ってくれた、おばあさん含め皆さんのように、一人でも多くの困っている人に助けの手を差し伸べられる……そんな人間になりたいんです」

「だったら、ワタシの下でポーションを作り続けるのが、一人でも多くの人の助けになるとワタシは思うよ? だって、ルインには剣術の才能がないのだろう?」


 静かにそして強く、俺を諭してきたおばあさん。

 ……確かに俺の【プラントマスター】も加味すれば、ポーションを作ることが一番人のタメになることだと思う。

 ただ、ヴェノムトロールを引き連れて再び魔王軍がやってきたとしたら……俺は誰も救うことは出来ないと断言できる。

 

「俺はもう二度と——目の前で助けることが出来ないのは嫌なんです。だからこそ、戦闘能力も身に着けたいですし、多くの人を救うことができるまだ見ぬポーションの生成もしたい。……俺ってかなりの我儘ですかね?」

「くっくっく。我儘なことがあるかい。それでこそワタシの見込んだ男なだけあるよ。ルインがそう決めたのなら、ワタシは応援するだけだ。――ただ、絶対に逃げ帰ってくるんじゃないよ? そうだね……どうせなら全世界の人々を救えるようになっておくれ。そうしたらワタシの鼻も高いからね」

「ぜ、全世界の人……ですか……?」

「ありゃ、なんだい? ルインの‟夢”というのは、中途半端でちっぽけなものなのかい?」

「い、いえ! ……俺は全世界の人を助けてあげられるような人になります!」

「くっくっく! ルイン、よく言ったね! 発言のスケールの大きさだけなら——アーサー以上だ!」


 そう楽しそうに語ったおばあさん。

 アーサーさんを存じ上げないが、その表情は今まで見た中で一番楽しそうな表情をしていた。

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