第二百二十二話 十五階層のボス


「見えました。あれが十五階層へと続く階段ですね」

「ルイン。一人で前衛、本当に大丈夫?」


 下の階層へと続く階段を見つけた二人は、少し心配そうに俺に訪ねてきた。

 最初は単純に、自分が戦いたい欲求で俺の前衛を否定していたようだけど、今は負けてしまわないかの心配が上回っている様子。


「大丈夫ですよ。まかせてください」

「ん。それならいい。こっちも援護はしっかりやる」

「私もジェイドさんから預かってる薬草団子で回復しますので!」

「お二人のサポートがあれば心強いです! ……それじゃ、降りますね」


 俺はそう伝えてから剣を引き抜き、構えながら階段をゆっくりと下りていく。

 コツンコツンという足音だけがダンジョン内に響き、その静寂が緊張を増幅させる。


 階段を下り切ると眼前に広がったのは、まるで檻を彷彿とさせる四方を塞ぐ高い壁。

 そして、その高い壁と壁に繋げられた無数の白い糸が、薄暗い空間の中で怪しげに光っていた。


「ボスはどこ?」

「アルナさん、ジェイドさん。上を見てください」


 俺も見えたのは怪しげに煌めく糸だけで、魔物の姿を一切確認できなかったのだが、ロザリーさんの指さす方向を見ると――見つけた。

 八本足を奇怪に動かし、高い壁を這いずり回っている巨大な魔物。

 

 ダンジョンモニターで確認したままの姿で、壁に擬態している体に浮かぶ人間のしかめ面のような独特な模様に、赤黒い四つの目。

 そして、捕まえた人間を荒ぶるように捕食することから付けられたその名は“鬼荒蜘蛛”。


「マジックマンティスも気持ち悪かったですが、鬼荒蜘蛛もやっぱり気持ち悪いですね」

「それでも、ガムラパラサイトよりは幾分かマシですけどね。ロザリーさんは虫系統の魔物が苦手なんですか?」

「そうですね。以前、攻略をしていた際に大分克服はしましたけど、苦手なことは変わってないです」

「私も嫌。アレの体液を浴びるくらいなら、死んだ方がマシ。後衛でよかった」


 先ほどまで、ボスと戦えずに拗ねていた態度とは真逆なその発言に、俺は思わず苦笑いを浮かべてしまう。

 まあ、この嘘偽りないのが、アルナさんのいい部分なんだけどね。


「俺が今から戦うんですから、あまりそういうこと言わないでくださいよ。……遠距離攻撃なら大丈夫ですよね?」

「ん。矢なら大丈夫」

「それならよかったです。それじゃ、ボス戦といきましょうか」


 軽い会話を終えて大きく深呼吸をした俺は、納剣してから慎重にゆっくりと近づいていく。

 この鬼荒蜘蛛との戦いで一番気を付けなくてはいけないのが、このフロア内に張り巡らされた無数の糸。


 太さは指二本分とそこまでの太さはないのだが、その強度は恐るべきもの。

 一般的な人間の扱う剣では斬ることは不可能で、逆に強力な粘着性の糸によって絡めとられてしまう。

 

 更に恐るべきことは糸に触れた瞬間の振動によって、鬼荒蜘蛛に居場所がバレてしまうということ。

 極度の近眼である鬼荒蜘蛛は、糸から伝わる振動によって敵の位置を把握しているという情報をトビアスさんから聞いた。

 

 身動きを封じる役目と、敵の位置を把握する二つの役目を持つこの糸には最大限の注意を払いつつ、如何にバレないで近づけるかが最初の鍵となる。

 光りに反射しやすい白い糸を、目を凝らし探りながら進み、壁を這っている鬼荒蜘蛛のもとに近づいていく。


 カサカサという鬼荒蜘蛛の這いまわる音だけが響く静かなフロアを、額に汗を流しながら進んだ俺は、ようやく鬼荒蜘蛛のいる壁の下へと辿りついた。

 ボス戦と呼ぶにはあまりにも地味なスタートだが、戦いを有利に進めるためには重要なこと。

 

「…………ふぅー」


 壁に手をつき一つ深呼吸をした俺は、ポケットからグレイスライムの瓶を二つ取り出す。

 このグレイスライムの液体には、鬼荒蜘蛛の糸を溶かす成分があるため、鬼荒蜘蛛討伐には必須のアイテムとなっている。

 俺は使用する位置を目測立てたところで、フロアの入り口で待機しているアルナさんに合図を出し、それと同時にフロアに投げつけた。


「【パワーアロー】【シャインショット】」


 準備をしていたアルナさんが、合図と共にスキルの乗った矢を鬼荒蜘蛛の足に直撃させる。

 バランスを崩した鬼荒蜘蛛は、俺の真横へと落ちてきた。


 そして俺の投げたグレイスライムの瓶はというと、液体が飛び散り糸へと付着。

 それから間もなく、付着した部分が溶け始め、あっという間に付近全ての糸が消え去った。


 鬼荒蜘蛛を地面にたたき落とし、戦うには十分のスペースを確保できた。

 ここまでは完璧だが、問題なのはここから。


 現状、ようやく対等に戦える状況を作りだしたってだけだからな。

 鬼荒蜘蛛が起き上がる前にクイック草を素早く生成し、口の中へと放り込む。


 軽い苦味と共に徐々に体が軽くなる感覚を覚え、体が小刻みに震えだす。

 これは恐怖からの震えではなく、興奮から体温が上がったことによる震えだ。


 強敵を前にこうなっちゃったら、アルナさんやロザリーさんを戦闘狂と馬鹿に出来ないな。

 ……心は熱くなっても頭は冷静に。

 目の前の敵をどう倒すかに思考を巡らせ、俺は剣を引き抜いた。

 

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