第二百二十九話 反省会


「……はぁー。久しぶりにここまで疲れました。気を抜くと寝てしまいそうです」

「ダ、ダンジョン攻略を開始してから、こ、ここまで順調でしたもんね。わ、私も久しぶりに全身が気だるいです」

「私は平気」

「ゆ、弓ですと、肉体的な疲労は少なそうですもんね」

「ん。動くのが嫌だから弓を選んだ。でも、意外と精神的には疲れる」


 暗く、落ち着いた音楽が流れている場所ということもあり、それが更に眠気を誘ってきている。

 一瞬でも気を抜けば寝てしまいそうなところを、下唇を強く噛むことでなんとか堪えているが、そこからまたすぐに眠気が襲ってくる。


「……それで、なんでこの店にいるんだい? よくなんともない様子で顔を出せたね?」


 三人でグダっとテーブル席に座っていると、お水を持ってきてくれた店主のお姉さんが恨めし気に言葉を漏らした。

 そう。俺たちが今日の反省会を行うお店として選んだのは、アルナさんの働き先である『亜楽郷』なのだ。


「すいません。急に押しかけてしまいまして」

「営業中だし別に構わないよ。私が言ってるのは、辞めたのにアルナが平然とここにいることだよ!」

「ダンジョン攻略で忙しい。だから、しばらく辞める。そう伝えたはず?」

「……ああ、確かに伝えられたさ。出勤日当日に置き手紙でね! 代役も捕まえられず、その日は一人でお店を回すハメになったんだからね!」


 語気を強めてそう話すお姉さんと、運んできて貰ったお水にストローをさし、ブクブクと泡を立てて遊んでいるアルナさん。

 以前、ほぼ徹夜でダンジョン攻略を行っていた日以降、『亜楽郷』に行ったという話を聞かなかったが、まさかこんな辞め方をしていたとは思わなかった。


 お姉さんの話を聞く限りとんでもないのに、反省会の場所として『亜楽郷』を選んだのがアルナさんなのが、今になって恐ろしく感じる。

 それに一切の悪びれる素振りがないのも、こっちが逃げ出したくなってしまうほど居心地が悪い。


「それは多分、私も悪いかもしれません。アルナさんがここで働いていることを知っていて、攻略のペースを上げていましたから。……仲介してくださったのに、本当にすいませんでした」


 いてもたってもいられなくなった俺は、腕を組んでアルナさんを睨みつけているお姉さんに頭を下げる。

 

「――ふっ。別に事前に辞めることを伝えられてれば文句も言わなかったよ。なんともない顔でやって来たから、文句の一つでも言ってやろうと思ったらこの態度。……坊やもよく一緒にやれてるね」

「そ、そうですね。ダンジョンでは本当によく働いてくれますので、今のところは問題なくやれてます」

「あっはっは! アルナが働いてる――ね。私からしたら、いっちばん気持ちの悪い言葉だよ」


 ツボに入ったのか、お腹を抱えて笑っているお姉さんと、それを見て珍しくムッとした表情をしているアルナさん。

 ……一見、とんでもなく仲違いしたのかと思ってたけど、もしかしたらこれが二人にとっては通常営業なのかもしれない。


「これから話し合いだからあっち行って」

「本当に生意気な娘だね。とりあえず周りのお客さんに迷惑をかけないようにはしてくれよ」

「分かりました。ありがとうございます!」

「あ、ありがとうございます」

「…………客なんていつもの変なのしかいない癖に」


 そんな小言にニコッと怖い笑みを浮かべたお姉さんは、水をブクブクさせているアルナさんにサッと近づき軽くデコピンをすると、満足したかのようにカウンターの方へと戻っていった。

 見た目も派手だし口調も少しキツいけど、やはり『亜楽郷』のお姉さんは良い人だな。


「アルナさん。せっかくお店を貸してもらってるんですから、もう少し態度には気を付けましょうよ」

「客だしいいの。それより話し合い」


 笑われた上に不意を突かれてデコピンをされたせいか、少し不機嫌気味にそう話を急かしてきた。

 こんな夜中の時間帯に営業しているお店は数少ないし、全然良くないんだけど……このモードに入ったアルナさんには何を言っても無駄だし、先に話し合いをするしかないな。


「全然良くないですが……とりあえず時間も時間ですし、反省会をしますか。まず今日の反省点からいきましょう」

「こ、攻略に時間をかけすぎたことですかね。……で、でも、特に手間取った訳でもないので、十七階層以降をどうするか考えるしかなさそうですけど」

「ん。単純に人数が足らない。五人いれば、ささっと二十階層まで到達できる」


 やはりというべきか、人数の話になってくるよな。

 以前も何度かパーティ人数については話をしていたけど、俺の一方的な願望で三人による攻略を推し進めて貰っている状態。


 アルナさんもパーティメンバーに変なのは入れたくない考えだったため、今までは強くは言ってこなかったけど、今日のような手詰まりを感じてしまうと流石に強く提案してくるよな。

 

「それは本当に俺だけの都合なんですけど、三人で攻略しなければいけないんですよね。ご迷惑をおかけして本当に申し訳ないです」

「ま、前も言ってましたよね。わ、私は雇われている側ですので強くは言えませんが……。三人で一気に二十階層攻略は、今日の感じでは厳しいのではと思ってしまいます」

「ん。後は崖から直接下りていくしかない」

 

 んー。今日の攻略を振り返る限り、崖から下りていくのは正気の沙汰ではないな。

 こちらの選択肢もどちらにせよ人数は必要になってくるし、とにかくキャニオンモンキーとは会敵したくない。

 

 ……あとは十階層で休憩を取り、時間を気にせずに体勢を立て直しながら攻略に挑むのがいいんだろうけど。

 手間暇、時間を考えると、二十階層を最初の休憩地点にしたいのが本音だな。


「崖ルートを選ぶのでしたら、パーティメンバーを増やしますね。そしてパーティメンバーを増やすなら、十階層のセーフエリアで休憩して時間を使って攻略を目指したいです」

「た、確かに十階層で休憩を入れながらが、今日攻略して感じた中では最善手かもしれませんね」

「効率最低最悪。荷物もだるいし、二十階層までは行きたかった」

「それは俺もアルナさんと同意見ですが……。とりあえず、あと三日間だけ今日のような攻略を試してみて、無理だと確信したら休憩を入れながらにしましょう」


 攻略の今後についてはそこで一区切りにし、それから手短に十七階層での戦闘についてと鬼荒蜘蛛戦のおさらい。

 ドロップ品や採取についても話し合ったところで、今日は日を跨ぐ前に解散となった。


 現状ではどうしようもないため、もう数回攻略を重ねて様子を見るしかないのだが……。

 植物やポーションを使っての打破を真剣に考えてみようかな。


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