第三百七十二話 容体
呼吸をしたのを確認し、すぐに特別霊安室から治療室へと運ばれたアーメッドさん。
俺達三人は治療師さんに全てを託し、祈るように意識が回復するのを待ち続けた。
そして――息を吹き返してから約半日後。
治療室から数人の治療師さん達が、神妙な面持ちでゆっくりと部屋から出てきた。
「アーメッドさんは大丈夫ですか?」
「はい。凄まじい回復力のお陰で容体は安定しました。恐らくですが……三日ほどすれば目を覚ますと思います」
「そりゃ本当ですかい!? 本当にエリザが目を覚ますんでさぁ!」
「流石にこんな嘘はつきません。それにしても……どうやって息を吹き返したのですか?」
治療師さんは真剣な表情でそう尋ねてきた。
ライフのことを話すかどうか迷ったが、この治療師さんは命を助けてくれた恩人。
【プラントマスター】のことは伏せつつ、ライフについての情報を話すなら大丈夫なはずだ。
「魔王の領土に存在する『ライフ』という植物を使ったんです。人を生き返らせるって噂されていた植物なのですが、治療師さんは聞いたこともなかったですか?」
「全く知りませんし、初めて聞きましたね。そのライフという植物を飲ませたら生き返った――と?」
「はい。それは間違いありません」
「――これは歴史が動く大きな一歩かもしれません。貴重な情報ありがとうございました。……ちなみにですが、そのライフという植物はもう手元にはないのですか?」
「ないです。手に入れたものは、全てアーメッドさんに使用してしまいました」
「なるほど、それは残念です。また改めてお話を伺わせてもらうかもしれません。その時はよろしくお願いします」
「こちらこそ、アーメッドさんが目を覚ますまではよろしくお願いします」
互いにお辞儀し合い、俺達は治療師さんと入れ違うように治療室の中へと入った。
アーメッドさんは気持ちよさそうに眠っており、本当に寝顔だけ見れば綺麗な女性。
――ただ、早く暴れ回っている元気なアーメッドさんの姿を見たくて仕方がない。
「ルイン君、本当にありがとうございました。アーメッドさんが死んだ時、私とスマッシュさんは諦めていました。こうして生き返らせることができたのは、全てルイン君のお陰です」
「やめてください。俺もお二人の力がなかったら、途中で心が折れていました。アーメッドさんが死んだと聞いて、とにかく焦って焦って焦って……ディオンさんとスマッシュさんが支えてくれていなければ、確実に潰れていました」
これは嘘偽りない本心。
冷静さを取り戻せたのは二人が支えてくれたから。
「それでも、あっしらは諦めていやした! 生き返らせるって発想すらなかったんでさぁ。あっしらが不甲斐なくて、死んじまったエリザから逃げるように明るく振舞ってやしたから」
「そうです。ルイン君の言葉が私達に活力をくれ、そして、こうしてアーメッドさんを生き返らせ――」
「おい、耳元でうっせぇんだよ。もう少し寝かせてくれや」
――聞きなれた不躾なハスキーボイス。
まだ声音に力はないが……間違いなく、アーメッドさんから声が聞こえた。
「アーメッドさん! もう意識を取り戻したんですか? 俺です、ルインです!」
「ルインの声も聞こえていたっての。……なんか色々と迷惑をかけちまったみたいだな」
あのアーメッドさんの声が聞こえ、最初は驚きの感情だったが次第に感極まって涙が溢れてきた。
良かった。……本当に良かった。
「迷惑だな”んで……そんな”。ぢっども思っでまぜんよ”」
「はは、なんで急に泣き始めるんだよ。そんなに俺に会えて嬉しかったのか?」
「あ、当だり前じゃな”いでずが! 短がっだがもじれまぜんが、ずーっどずっどまっでいだんでず!」
「意味が分からねぇよ。って声がしねぇと思ったら、ディオンもスマッシュも泣いてるじゃねぇか。……お前らが泣いてるのは気持ちわりぃな!」
「ぎもぢわるいはひどいでず」
「本当でざぁ! あっじらがどれだけ……」
「ああ、分かった分かった。いいからまた今度にしてくれ。ルインもわりぃな。……もう少しだけ寝させてもらう」
眠たそうに吐き捨てるように言った、『寝かせてもらう』の一言。
ここで寝てしまったら、また目を覚まさないのではという思考が脳裏を過り、呼び止めたくなってしまったが……俺はグッと言葉を呑み込んだ。
「ゆっぐりど寝でぐだざい。ぞの”間に涙を止めで置ぎまずので」
「ああ。なんだかルインとはいっぱい話したいし、ちゃんと話せるようにしておいてくれ。……それじゃもう少しだけ寝る」
その言葉を最後に、アーメッドさんは再び寝息を立てて眠ってしまった。
三人で口を押えて嗚咽を押し堪えながら、アーメッドさんの呼吸が止まらないのを確認してから、再び起こすことのないように静かに治療室から立ち去った。
「ルイ”ン、流石に酷い顔でずぜ?」
「ズマッジュざんも、ディオンざんも酷い顔でずよ。……でも、目を覚まじでぐれで本当によがったでず」
「絶対に泣がないど決めでいたのでずが、溢れる涙が止まりまぜんでじだ。……私どディオンざんのぜいでもあっだので、余計にでじだね」
「どりあえずもう目の前で泣がないようにいっぱい泣いで、容体が安定するまで三人で見守りじょうが」
男三人で肩震わせながら色々な感情が混ざった涙を枯れるまで流し、それと同時にアーメッドさんが意識を取り戻した喜びを噛み絞め合った。
そこからは三人で交代で見張りを行い、アーメッドさんに異常が起こった際はすぐに対応できるようにした。
結局、アーメッドさんが次に目を覚ましたのは治療師さんが言っていた三日後。
俺達三人は三日三晩治療院に泊まり込み、気持ちよさそうに眠るアーメッドさんの様子を見守っていたのだった。
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