第三十二話 逃走


 翌日の早朝。

 遅れたら面倒くさいことになりそうだと思い、俺は朝一で準備を終え、冒険者ギルド前へと来ていた。

 早朝の少し肌寒い中、【白のフェイラー】さん達の到着を待つが、予想通り一向に現れる気配がない。



 ちらほらと冒険者ギルドへ人が入り始め、そろそろここで待っているのもしんどくなってきたところでようやく、白のバンダナを巻いた四人が姿を現した。

 流石に二日連続の酷い遅刻には一言言ってやりたい気持ちになるが、これから四日間共に過ごすことを考え、グッと我慢する。

 

「おはようございます。今日はよろしくお願いします」

「ふぁーあ、よろしく。……んじゃ行くか」


 こうしてやけに酒臭く、眠そうな四人と共に、二回目のコルネロ山で採取へ向かうことになった。

 この様子を見ると心配が勝ってしまうが、これでも冒険者ならばしっかりと護衛はしてくれるはず。

 俺はそんな一縷の望みを胸に、四人についてグレゼスタの街を後にした。



 グレゼスタの街を出発してから、約半日。

 もう日が落ち始め、夕日によって景色が真っ赤に染まっているが、未だにコルネロ山には到着していない。

 理由は簡単でくっちゃべりながらダラダラと進んでいるため、進行速度がとてつもなく遅いから。


 二度ほど俺からも歩く速度を上げるように提案したのだが、短く空返事が聞こえてくるだけで、一向に速度は上がらなかった。

 夕暮れになっても進行速度は変わらず、結局コルネロ山に着いたのは日が完全に落ちてからだった。


「おい、こっからどうすんだ?」

「できれば中腹まで行きたいんですけど、今日は暗いので山には入らず野宿しませんか?」

「だってよ。お前らどーするよ」


 山での夜の移動は危険。

 スマッシュさんが、口を酸っぱく俺に忠告してくれたのを思い出し、一夜をここで明かすことを提案する。

 だが……。


「行けるだろ。コルネロ山だろ?」

「そうそう。朝イチで山登るのかったりぃし、今日の内に登っちまおうぜ」

「さんせーい。今日の食料も取れてねーしな」

「うっし。じゃあ中腹まで登っちまうか」


 俺の提案は結局、【白のフェイラー】全員に否定されてしまった。

 だったら最初から聞いてこないで欲しいなぁと思いつつも、口には出さずに四人の後をついていく。


 ただやはりDランク冒険者なだけはあって、戦闘に関してはかなりの腕前で、次々と襲ってきている魔物を楽々と屠っている。

 スマッシュさんとディオンさんがやっていたような連携は一切なく、アーメッドさんのような個々で戦闘を行っていると言った感じの戦闘スタイル。

 動きも一撃の威力もアーメッドさんには遠く及んでいないが、かなり安定はしているように素人目線では見えた。


「やっぱコルネロ山の魔物程度なら余裕だな」

「Dランクパーティの俺らにゃ、こんな雑魚魔物は屁でもねぇ」

 

 軽口を叩きあいながらもドンドンと魔物を倒し、山を登っていく【白のフェイラー】さん達。

 昼間はだらけていたが、ようやく体があったまってきたようにも見えた。

 このまま順調にコルネロ山の中腹まで辿り着く。

 ……おそらく俺を含めた五人共がそう思っていたのだが、俺は前方から嫌な気配を感じ取る。


「みなさんっ! なんかいます!」


 すぐに声を張り上げると、【白のフェイラー】さん達もその‟なにか”に気がついたのか、先ほどの緩い感じとは表情を一変させた。

 テンポ良く進んでいた歩が止まり、先導していた四人とも後ろへと後退し始めている。


「おいおい……なんで山麓にアングリーウルフがいるんだよ。聞いてねぇぞ、おいっ!」

「アンクルベアとの縄張り争いで、山頂付近から下りてきてなかったはずだろ! どうなってんだ一体」

「これ、死ぬぞ」


 悲観的な言葉を言いながら、後ろからついて行っていた俺のいる位置までじわりじわりと後退してきた、【白のフェイラー】さん達。

 その瞬間、節々で俺に一番強く当たっていたリーダーと視線があう。

 暗くてはっきりとは見えなかったが、口元がにやけた気がして悪寒が全身を駆け巡る。


「撤退だ! そいつを囮にして逃げるぞっ!」


 嫌な予感は的中し、【白のフェイラー】のリーダーは俺を囮にして逃げることを提案した。

 流石に戸惑いを見せた三人に、リーダーからの追撃の言葉が掛かる。


「お前ら心配すんな! その坊主はどちらにせよアングリーウルフからは逃げることは出来ない。俺達のために、囮になってもらうんだよ!」

「……そうだな、分かった! 逃げよう」


 そこからはあまりにも早かった。

 息を合わせたように、一斉にアングリーウルフに背後を見せると、俺では絶対に追いつかない速度で山を駆け下りて行った【白のフェイラー】の四人。


 護衛を依頼したのに、囮にされた……? 

 訳の分からない状況に立たされ、様々な感情がぶつかり、頭がパニックになるが必死に自分を落ち着かせる。


 逃げて行った【白のフェイラー】を追いかけるのを止めて、狙いを絞ったように俺の周りをゆっくりと回るように歩き始めた、アングリーウルフなる犬の姿をした魔物。


 どうやってこの絶対絶命の危機を乗り越えるか。

 頭をフル回転させて探せ、見つけろ。

 絶対にこのアングリーウルフを倒す手立てがあるはずだ。


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