第二百四話 後衛での立ち回り
アルナさんの放った【パワーアロー】は、一射目よりも数段速い攻撃だったが真正面からということもあり、双ミノの振り回した棍棒によって防がれた。
速度だけでなく威力も桁違いなのか、棍棒とぶつかった瞬間に強烈な衝撃音が響き渡り、防いだ双ミノの体がノックバックするほど。
「ロザリー。私の少し後から挟み込むように右に回り込んで攻撃して」
「わ、分かりました」
アルナさんは、双ミノが軽くノックバックした隙を突いて指示を出すと、滑り込みながら無数の矢を放ちつつ左側へと回り込んだ。
そしてロザリーさんは、アルナさんが気を引いてくれているため、楽々と右側へと回り込んでいる。
こう挟み込んでしまえば、こっちがかなり有利に立ち回れるはずだ。
頭が二つあるといっても体は一つしかない。
いくら背後まで視えていたとしても、それを防げるかどうかは別の話だからな。
「【パワーアロー】」
弓を構え、真正面から応戦しているアルナさんは、タンク役がいないのにも関わらず、双ミノに対して休まずに攻め立てている。
適正距離では【パワーアロー】。距離が少しでも空けばタメの長い【ヘヴィショット】。近づいてきた時は、矢を使用せずに射ることの出来る【ウィンドアロー】。
……動きが滑らか且つ正確過ぎて、双ミノがふざけているのではないかと思えてしまうほど圧倒している。
時折、双ミノが空振った棍棒が地面を叩き、その際に飛び散った小石でのダメージがいくつか見受けられるが、そんな小さなダメージですら、俺が粘着草と薬草で作った眼球サイズの薬草団子を当てて、適宜回復を行っているため万が一すら起こり得ない。
このままアルナさんが双ミノを釘付けにしたまま、完封勝利できる。
この戦いで3個目となる薬草団子をアルナさんに当てた俺は、完璧な戦いぶりをみてそう思ったのだが……。
そう感じていたのは俺だけではなかった。
呻き声に近い雄叫びを上げた双ミノは、突然左手に持っていた棍棒をアルナさん目掛けて投げつけてきたのだ。
流石のアルナさんも二本でですら攻撃を捌かれていたのに、その内の一本を捨てる行為に出るとは思っていなかったようで、飛んできた棍棒を避け切れずに右の肩先を浅く裂いた。
掠っただけでこのダメージ。もしこの棍棒が直撃していたらと思うと……背筋がゾッとする。
俺はアルナさんに追撃を行わせないため、即座に双ミノとアルナさんの間に割って入ろうとしたのだが、双ミノは勝てないと判断したのかアルナさんに背を向けると、背後からチクチクと攻撃していたロザリーさんに攻撃の的を変えてきた。
――一瞬にして訪れたピンチにパニックになりかけるが。ふぅー、落ちつけ。
俺には飛び道具が山ほどある。なんとかできるし、なんでもできる。
まずはロザリーさんのサポートではなく、アルナさんにいち早く動いてもらうため、回復スライムを入れた風船花をホルダーから取り出し、アルナさんの傷ついた肩目掛けて投げる。
そこから一瞬で反転し、次は凄まじい勢いで突っ込んでいく双ミノの背中目掛け、クラーレの葉を中心に作った麻痺ポーションをぶち当てた。
「ロザリーさん! 避けることだけを考えて立ち回ってください!」
本当は矢の刺さりまくっている正面に当てたかったところだが、背中もロザリーさんが多少なりとも傷を負わせている。
少しでも傷があればその傷口から毒が入り、すぐに全身に回って痺れるはず。
そして少しでも痺れてくれれば、あがっているロザリーさんでも攻撃を受けずに立ち回れる。
この考察の半分は希望的観測だったが、双ミノの叩きつけた棍棒の先からロザリーさんからの返事があり、ホッとする。
「わ、分かりました。よ、避けることだけに集中します!」
返事を聞いた俺は剣を引き抜き、アルナさんの代わりに挟み込みに動く。
手加減はなしで、一撃で決めきるつもりで斬りつけてやる。
突っ込んだ勢いをそのままに、地面を思い切り踏み込んだ俺は、上段からの斬り下ろしを無防備な双ミノの背中に放った。
……感触は抜群。剣も背中を深々と斬り裂いている。
完璧な手応えがあり、次なる一撃を加えようとしたその次の瞬間。
二つの頭がそれぞれ悲痛な雄叫びを上げ、不協和音となって俺の耳へと届いた。
「ルイン。頭下げて」
耳を塞ぎたくなるような騒音の中でも、アルナさんの声を聞き分けた俺は指示に従い、即座に地面に伏せる。
「【ヘヴィストライク】」
伏せた俺の上を通過した矢は、悲痛な雄たけびを上げる頭の一つに直撃し、爆ぜるように双ミノの頭から上が貫かれた。
双ミノも、まだもう一方の頭は残っているのだが、序盤でうけた無数の矢に背中の傷。
それから麻痺の毒に加えて俺の完璧な一撃、そして頭を貫いた強烈な一射。
蓄積したダメージが限界を突破したのか、ドスンと大きな音を立てて勢いよく地面に倒れた。
「動く気配はない――か。ふぅー……」
なんとか双ミノを倒すことが出来たか。
標的をアルナさんからロザリーさんへと変えた時はかなりヒヤッとしたが、咄嗟の判断にしては上手く立ち回れたと思う。
アルナさんが完璧な立ち回りで圧倒した時は楽勝だと思ったんだけどな。
流石にボスなだけあって、かなりタフな相手だった。
「お疲れ。回復ありがとう」
「いえ。こちらこそ完璧な射撃、ありがとうございました」
飄々としているアルナさんと裏腹に、げんなりして疲れた様子のロザリーさん。
最後のタンク的な役割で疲弊してしまったのだろうか。
「ロザリーさんもお疲れさまでした。最後に壁役を任せてすいませんでした」
「あ、謝らないでください! わ、私がしっかりしていれば、もっと楽に勝てた戦いでした。依頼されてパーティに入っているのに足を引っ張り、本当に申し訳ございません」
「いやいや。十分な活躍をしてくれましたから、ロザリーさんこそ謝らないでくださいよ。……ん? ロザリーさん、右足怪我してますか?」
話している中、重心が左に傾いていることに気が付いてそう尋ねたのだが、きょとんとした様子のロザリーさん。
この体軸のブレ具合を見るに、双ミノの攻撃を躱している時に捻ったか打ったかしたと思うんだけど……。
「いえ。攻撃を受けていませんし、怪我は何処にもしてないと思いますよ」
「ちょっと見せてもらってもいいですか?」
俺はロザリーさんの右足を見せてもらうと、やはり右の足首が軽く腫れて青く変色していた。
見る限りは軽度の捻挫だな。
「やっぱり怪我してるじゃないですか。ポーション使いますね」
「え、ええええ? いらないですよ! これくらいなら固定すれば大丈夫ですし、ポーションなんて勿体ないです!」
「いや、使わせて貰います」
何故か尻もちをつきながら逃げるロザリーさんの足首を掴み、俺は回復スライムを塗る。
これをポーションと呼ぶには少し陳腐だが、回復ポーションと同等の効能を持っているからすぐに利くはずだ。
「どうですか? 大分楽になりましたか?」
「えーっと、はい。……でも、いいんですか? この程度の怪我にポーションなんか使って」
「大丈夫ですよ。この薬は俺のお手製で費用は全然かかっていないので。ということですので、アルナさんも何処か痛い場所がありましたらすぐに言ってください」
「……後で請求しない?」
「しませんよ!」
「なら、怪我したらすぐ言う」
驚きからなのか、戦闘後にあがり症が吹き飛んだ様子のロザリーさんと、俺がお金を取らないか懐疑的な目を向けてきたアルナさん。
……もしかしたら、俺と二人とでは金銭感覚にズレがあるのかもしれないな。
って、いっても低品質の回復ポーションは、『エルフの涙』ですら銀貨2枚ほど。
そこまで躊躇するものではないと思うんだけど、初心者冒険者からしたらまあ高いのか。
とりあえず無事に双ミノは倒せたし、色々と課題も見つけることが出来た。
最優先になんとかしたいのは、ロザリーさんのあがり症だが……。
見つけた課題については戻ってから考えるとして、今日は八階層を軽く見てから帰還を目指そうか。
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