第九十七話 剣を振る少年
※王国騎士団の鎧を身に着けた女性視点です。
ただ何も考えずに、朝の肌寒い中を軽快に飛ばして走る。
音が後ろに抜けていく感覚と、火照った体に心地よい風が吹きあたる。
――そんな感覚を楽しむのが、私の毎日の日課なのだ。
そんな毎日の日課であり、楽しみであるランニングの邪魔をされたくないため、私はなるべく人のいないルートを探し、数カ月かけて完璧なランニングコースを作った。
数年間もの間、誰の邪魔もされずに走ってこれた完璧なルートだったのだが……つい先日から、とあるボロ宿の前で木の剣を振る少年が現れてしまった。
まだ日が昇って間もない早朝なのにと、毎朝の至福の時を邪魔された感じがして、ランニングコースを変えようかとも考えたほどだった。
……ただ、その少年の剣の振りは剣を握ったばかりのせいか、おぼつかなく児戯そのもの。
まさしく、剣を持ったばかりの子供の遊びのようでしかなかった。
これならば長続きもしないだろうし、すぐに止めるだろう。
少年の剣の振りを見て私はそう考え、ルートを変えずに走ることに決めたのだった。
…………あーあ。今日もいる。
すぐに止めるだろうと思ったあの日から、一週間が経過しているのだが、いつものように必死に剣を振っている少年。
相変わらず、剣の振りはなっていないが、段々と振りの速度は速くなっている気がする。
もう少し握り方を変えたら、もっと鋭く振れるのにな。
――っと、違う違う。
何も考えなくていいからランニングは気持ちいいのに、ボロ宿前を通る度に毎日ちらちらと視界に入るから、どうしても気になってしまう。
センスはあるのに基礎がなっていないから、そのアンバランスさのせいで余計に視界に入ってくるし、少年が気になってしょうがない。
……ストレス解消にもなっていたランニングに支障が出ると、日常生活にも支障をきたしてしまうだろうし、流石にランニングコースを変えるべきかもしれないな。
何度かはそう思っているのだけど、少年が剣の特訓を始めてからすぐにルートを変えなかったせいで、なんで長年このコースを走ってきた私が、ルートを変えなくてはいけないのかと言う思考に陥っている私がいる。
かと言って、あの少年にこの時間帯での剣の特訓を止めろとは口が裂けても言えないし……。
そんな感じで、ボロ宿前を通る度に日々悶々としながらも、私はルートを変えずにランニングを続けることにしたのだった。
★ ★ ★
あー、右手の使い方がなっていない。
重心の取り方もおかしいし、足の使い方もバラバラだ。
それに、あの振りでは完璧には剣に力が伝わらない。
あれから更に二週間ほどが経過したのだが、少年の剣の振りは日々目まぐるしい速度で鋭く、そして速くなっていっている。
ただ、少年に剣を教えた相手が、相当崩した剣の扱い方をしているのか、それを模しているであろう少年の剣はかなり汚く、基本が身についていないのに崩した振り方をしているため、動きに大幅な無駄が生まれてしまっているのだ。
これをしっかりとした振りで振れることさえできれば、力が逃げることなく剣に伝わると思うんだけど……。
――くっ、あの少年に一から剣を指導したい。
だが、この朝のランニングは誰にも邪魔されてはいけないんだ。
私は心の中でそんな葛藤を続けているのだが、体は素直なようで全力でボロ宿前まで走って向かうと、そこからはジョギングで流しながらゆっくりと走って、少年の特訓をじーっと見る。
そしてまたボロ宿前を通り過ぎてしまったら、再び全力で走ってボロ宿の前まで向かい、ジョギングでゆっくりと少年の特訓を見る……と言うペース配分へと変わっていってしまった。
ランニングは何も考えずに行えるから楽しかったのに、今では目的が変わり、少年の毎日の成長を見るのが楽しみになってきてしまっている。
一ヵ月前に見た子供の遊びのような剣の振りから、今では冒険者顔負けの鋭い振りをしている少年の剣の才能に、私は惚れているのだと思う。
最近ではランニングしていない時でも、どうにかして指導をできないかと考えてしまっている私がいる。
……いや、本当に指導させてくれないかな。
そんなことを切に願いながら、私はまた少年が剣を振るボロ宿前を目指し、悶々としながらランニングをするのだった。
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お読み頂きありがとうございます!
第九十七話 剣を振る少年 にて、第二章は終了となります。
新作も投稿しておりますので、よろしければそちらも宜しくお願い致します<(_ _)>ペコ
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