第三百五十話 久々の休息


 ヒューがデルタの泉を去ってから、俺達は久しぶりにゆっくりと休憩をしていた。

 魔王の領土に入ってからは常に気を張り続け、心身共に休める時がなかったため予想しているよりも疲労が溜まっていることが休んでみて分かった。


「魔物もおらず、周囲の警戒をしなくていいってのは楽でいいですね。この泉を教えてくれたヒューさんには感謝です」

「無駄に体の力も入ってやしたから! 軽く体を伸ばすと本当に気持ちいいでさぁ」

「魔人と決めつけて襲わず、ヒューの話を聞いて良かったですね。良い情報も聞けましたし、『生命の葉』入手も現実味を帯びてきた気がします」


 三人で地面に腰を下ろして足を伸ばしつつ、泉の水を頂きながら他愛もない雑談を行う。

 なんてことない時間だが、敵地でのこの時間は何よりの癒しの時間に思えるな。


「ヒューはちゃんと戻ってきやすかね? あっしらを売ったりとかはないですかい?」

「あの様子を見る限りでは……ないと俺は信じたいですけど」

「私も信じて良いと思いますよ。私達に敵意があるのだとしたら、ヒューさんは流石に無警戒すぎたと思いますから」

「確かに少しでも敵意がありゃ、隠そうと思ってやしても態度の端々に出やすからね!」


 泉を去って行ったヒューの話となり、満場一致で信じて大丈夫という流れになったその時――。

 先ほどヒューが去って行った方向から、大きなリュックを背負って戻ってきたヒューの姿が見えた。


「噂をすればなんとやらでさぁね! 荷物を見るにしっかりと約束を果たしてくれたみたいですぜ!」

「他に人の気配もありませんし、一人で戻ってきてくれたみたいです」


 リュックを背負って一人で戻ってきたヒューを見て、疑わずに良かったと少し安堵しつつ、村での成果がどうだったのかを少し楽しみにしながら待つ。

 ヒュー自身はかなり小柄なため、大きなリュックのせいで歩きづらいのか、姿が見えてから泉の前へと辿り着くのに予想以上にかかった。

 こっちから迎え出て荷物を持ってあげれば良かったと思いつつも、とりあえずヒューの話を聞くことする。


「遅くなって悪かった! 村で色々とやってたから想定よりも遅くなってしまった!」

「その荷物を見ればそうだったんだろうなと分かりますし、一切謝らなくて大丈夫ですよ。それに、そもそも謝られるほどの時間を待っていませんからね」


 俺がそうフォローすると、ヒューはまたも無垢な笑顔を見せた。

 この笑顔を見ると、本当に問答無用で良い人だと感じてしまうな。


「それなら良かった! とりあえず村から持ってきても大丈夫な物を搔き集めてきたから、必要な物があったら好きなだけ持っていってくれ!」

「本当に助かりやすぜ! 早速見せてもらってもいいですかい?」

「もちろん! ……よっこいしょっと。自由に見てくれ!」


 背負っていたリュックを地面に置き、持ってきた日用品を見せてくれた。

 中には決して質が高いとは言えないものの、食料やお手製の布などが大量に入っていた。


 村にいる人も逃げ出してきた人と言っていたし、ほとんどが自分達で一から作っているものだということが分かる。

 日用品を要求したものの、最低限のものだけを頂くことにして残りは返すとしよう。


「それでは……これとこれとこれだけ頂きます。ヒュー、わざわざ運んできてくれてありがとう!」

「えっ? それだけでいいのか? 何なら全部持って行っていいんだぞ?」

「ルイン! 頂けるものは頂いておいた方がいいと思いますぜ?」

「大変なのはヒュー達も同じですよね? 日用品が必要と言っても、俺達は向こうでしっかりと持ってきてはいますから」

「良いって言うならありがたく持ち帰らせてもらうけど……本当にいいのか?」

「大丈夫です。メインの目的は情報でしたし、あくまで日用品はおまけ程度の要求でしたから」

「それなら遠慮なく持ち帰らせてもらう! 本当は無断で持ち出したから怒られる可能性が高かったんだ!」


 ヒューはほっとした様子で本音を漏らしてから、リュックを再び背負い直したヒュー。

 やっぱりカツカツな状況の中、ヒューはなけなしの日用品を持ってきてくれてたんだな。


「……そういえば情報で思い出したんだけど、さっき村で聞き込みした時にチョウさんが暗闇の森について少し知っていたぞ!」

「本当ですか!? そっちの情報は聞いてもいいですかね?」

「やっぱりここから東の方向で間違いなかった! それとチョウさんが言うには、近くに白い奇怪な建造物があったとも言っていたぞ! かなり曖昧な情報で申し訳ないんだけどよ」

「貴重な情報ありがとうございます。どんな些細な情報でもありがたいですし、東にある確率が高まっただけで十分すぎるほどの情報です」


 俺はヒューにお礼を伝えてから、すぐに泉を去る準備を整えることにした。

 一日くらいこの安全地帯で休んでもいいのだが、場所が分かったとなれば一刻も早く向かいたい。

 そんな気持ちが強く――俺だけじゃなくてディオンさんやスマッシュさんも気持ちが逸っているように思えた。


「それじゃ俺は一日に一回はこの泉に足を運ぶことにするから、無事に戻ってこれたらこの泉に寄ってくれ!」

「ええ。無事に帰ってきてキッチリと情報を渡しに来ます。短い間ですが本当に色々と助かりました」


 こうしてヒューと一時の別れの挨拶を済ませ、俺達はデルタの泉を発ってヒューの情報を頼りに東へと向かったのだった。


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