第二百二十五話 取材


 ダンジョンから帰還した俺たちは、いつもの喫茶店で軽く反省会をしたあと、逃げるように解散し、俺は一人で『ラウダンジョン社』へと来ていた。

 なぜ、逃げるように解散することになったのかというと……。


「おおっ! 有名人さんが来たな! 周りからの態度の変化が凄かったろ?」


 そう。満面の笑みで出迎えてくれたトビアスさんの言葉の通り、ダンジョンから帰還してから周囲の態度が大きく変わったのだ。

 俺がソロでダンジョンに潜ったときのように、ダンジョンから出ると複数人の記者さんに囲まれ、更には一般の人からも声援を浴びるようになっていた。


 そんな人達から逃げるように喫茶店へと向かったのだけど、喫茶店でもヒソヒソ話をされるようになり、お店に迷惑をかけないように即解散の運びとなった。

 実は双ミノを倒したとき辺りから、若干ながらの注目は集まっていたんだけど、十階層での植物採取の期間で一瞬落ち着き、今回の鬼荒蜘蛛の討伐で爆発したという感じなのだ。

 

「そうですね……。正直、ここまで注目されるとは思っていませんでした」

「確かにまだ到達階層自体は十五階層だもんな。ただ、三人パーティに加えて攻略速度が尋常じゃない。ルインはソロ攻略の件もあって、パーティを組んだ時から記者達の間では密かに注目されていたし、双ミノの討伐の段階で契約を結ぼうといくつかの会社は動き始めているって噂も流れていたぐらいだ」

「やっぱりそうだったんですね。なんとなく視線は少し前から感じていたんですよ」

「ああ。それが今回の鬼荒蜘蛛討伐で爆発したって感じだな! これで一気に人気冒険者パーティの仲間入りだぞ」


 うーん……。嬉しくないなぁ。

 攻略を進めていけば、いつかは人気になっていくのは覚悟していたけど、まさかこんなにも早くとは思ってもいなかったからな。


 今日の反省会も満足にできなかったため、これから日常にも支障をきたすとなると非常に困るし、そもそも注目を浴びるということが俺は慣れていないし苦手なのである。

 笑顔を振りまきファンサービスを行っている人気冒険者や、全てをガン無視できてしまうアーメッドさんに尊敬の念を持ちつつも、俺も早く対策打つか慣れていかないといけない。


「人気になれば、何もせずともお金が入ってきて羨ましいと思っていましたが、自分の身にふりかかって初めて面倒臭さを痛感しました」

「それが俗に言う有名税ってやつだな。この街ではダンジョンが一大娯楽となっている以上、遅かれ早かれ攻略を続けるのなら直面しなきゃいけない事だ。とっとと慣れることだな!」

「目的を達成したら、すぐにこの街を出て行きたくなりましたよ」

「はっはっは! 大抵の冒険者は目立ちたがり屋が多いから喜ぶところなんだけどな! ……で、今日もポーションを作りに来たのか?」

「あっ、いえ。今日は違う用事で来たんです」


 げんなりしている俺を面白がるようにそう聞いてきたトビアスさんに、俺は一冊の手帳を手渡した。

 今日はポーション作りをしに来たのではなく、記事の取材を受けるためにやってきたのだ。


 正直、さっき囲われたばかりなため、心情としては記事にしてほしくない気持ちが先行しているのだが……。

 ここまで良くしてもらって、そんな我儘を通すつもりはない。


「ん……? これは攻略の手帳か?」

「ええ、そうです。攻略の出来事を書き記していた手帳でして、それを元に記事にして貰えればと思いまして。別途で何か質問等があれば、それも答えますよ」

「本当かっ!? こっちとしたらめちゃくちゃありがたいが……ルインはいいのか? 記事にしたらもっと注目を浴びることになるぜ?」

「嫌かと聞かれればもちろん嫌ですが、もう既に注目を浴び始めてしまっていますしね。それに俺が目指しているのはもっと先の階層ですので、トビアスさんが言った通りで遅かれ早かれだと思いますので大丈夫です!」

「ルインがそういうことなら、遠慮なく取材させてもらう。少しでも売れるように、こっちも本気で売りに行くからよ」

「元々の約束として取材を受けるってことでしたし、遠慮なく記事にしてください。良い記事ができるのを楽しみにしてますので」


 こうして助けて貰ったときの約束を果たすべく、俺はトビアスさんにこの十五階層までの攻略の出来事を事細かに説明を始めた。

 手帳にビッシリと書き記していた攻略情報については、低階層ということもあってほとんど役には立っていなかったようだが、植物の情報だけは非常に喜ばれ、あとは全て俺たちの行動についてだけ。


 低階層で停滞する冒険者が多い訳だし、魔物の行動パターンや出現比率などは使える情報だと思って集めていたんだけど、普通に考えて新聞の購読者は一般の層だもんな。

 少し落胆しつつも攻略での行動についてを話し終えると、気づけば辺りはすっかりと暗くなってしまっていた。


「いやぁ、良い話が聞けたぜ。やっぱり三人パーティだけあって色々と面白いことをしてんだな! 全員が全員働かなくちゃいけないから、ルイン、アルナ、ロザリー。どの視点からでも面白い記事が書けるぞこりゃ」

「自分たちではよく分からないんですけど、トビアスさんがそう言うならそうなんですかね?」

「間違いない。あっという間に十五階層まで攻略できる実力を持っているのに、三人パーティだからハラハラドキドキもする。もしかしたらトップ層に食い込むんじゃないかなんて想像も出来るんだから、そりゃ惹かれる観衆は多いだろうよ」

「うーん……。その枠は既に【青の同盟】さん達もいますし、二番煎じだと思ってしまいますけど」

「【青の同盟】も他とは一線を画しているし人気だが、アーメッドの力任せの無双による人気だからな。攻略ペースは落ちているが、危険なシーンなんかありゃしねぇし全然別物だぞ。……愛想もあったもんじゃねぇしな」


 確かにアーメッドさんが全てを一人でなぎ倒していて、フロアのギミックに苦戦は強いられるものの魔物には一切苦戦していないことは知っている。

 俺たちとはパーティ人数だけが同じなだけで、はっきりと別物なのだろう。


 こうしっかり言葉で説明されると、俺たちが人気が出た理由もはっきりとしているように感じる。

 物事を言葉で説明する力があるのは、流石は記者さんといったところなのだろうか。


「――とまぁ、説明したから分かっただろうが、ダンジョン好きからしたらベストに近い冒険者パーティって訳なんだよ。分かったか?」

「はい。トビアスさんの説明のお陰で、少しは自覚が持てました」

「これだけ説明しても少しかよ。……まあいいや、とりあえず今回の取材で複数の記事は作れそうだから、頃合いを見て新聞に掲載させてもらうぜ! もしかしたらアルナとロザリーからも少し話を聞くかもしれないから、その時はルインの方から話だけでも通してみてくれ」

「分かりました。断られるかもしれませんが、出来る限りの協力はします!」

「ありがとな。記事が出来次第、ルインには声を掛けるから。……あっ、それとルイン達のパーティ名を決めておいてくれ。記事にするには一番重要といっても過言じゃないからな。それじゃ、俺は早速記事の執筆に当たらせてもらうから、ルインまたな!」


 トビアスさんはそう言って気合いを入れたように腕を捲ると、手に持ったペンをくるくると回しながら耳にかけ、デスクの方へと消えていったのだった。


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