第三百十七話 王国への帰還


 ワイバーンゾンビに襲われながらも、無事に『竜の谷』を抜けることができた俺達は、『竜の谷の村』を経由してから、『テトラマレの街』、『ピレラールの街』、それから国境を抜けて、王国へと無事に戻ってくることができた。


 俺だけでなく、ディオンさんとスマッシュさんの成長も著しく、道中出会った魔物は二人が戦い、それもほぼ一撃で倒している。

 公道に出る魔物が弱いということもあるだろうけど、以前の二人なら一撃で倒せていなかったと思うし、ダンベル草での成果がいかんなく発揮されていた。


「やーっと王国に着きやしたぜ! ……でも、ここじゃ全然懐かしいとかの感情は湧きやせんね」

「人や人柄もほとんど同じですしね。帝国と言語も同じとあれば、王国と帝国の境界線なんて、一般人の私達からしたら大して変わりはありませんね」

「ディオンさんの言う通り言語も同じというのは大きいですね。風景もほとんど一緒ですし『竜の谷』は流石に異質でしたけど、それまでの道中は王国と大差ありませんでした」


 国境を越え、王国へと戻ってきたはいいものの、スマッシュさんの言う通り戻ってきた――みたいな感情は一切湧かない。

 グレゼスタやランダウストに戻ったとなれば、懐かしい感情も湧くのだろうけど……国境を越えたくらいじゃ、何も思うことはないよな。


「それにしても、その剣の持ち主見つかりやせんでしたね」

「ですね……。寄った全ての街で、見覚えがないかを尋ねたのですが、誰一人として心当たりのあるという人を見つけることができませんでした」

「へっへっ。一人だけこの剣欲しさに、『その剣は俺のだ』っていう輩がいやしたけどね」

「盗人猛々しいとはああいう人のことを言うんですね。流石に私も、一発だけ手が出てしまいました」


 ディオンさんが引っぱたいたのはビックリしたが、確かにあの人は確実に盗人だったからな。

 兵士に突き出しても良かったところを、平手打ち一発で済ませたのは優しい措置なのかもしれない。

 

「それにしても、その剣どうするんですかい? いつまでも持っておく訳にはいかないですぜ」

「あのスカルナイトのご家族が見つかればと思っていたんですけどね……。そのご家族がご存命であるかどうかも分かりませんし、王国に戻ってきてしまった今、確かに持ち続けても仕方がないかもしれません」

「おっ、そういうことなら――あっしにくだせぇ! 良い値段で売れそうな気がしやすぜ!」

「駄目です! これはルイン君が持つべきでしょう。スカルナイトを倒したのはルイン君ですからね。この件をどうするかは、ルイン君にお任せ致しますよ」

「いいんですかね……? 人の物を勝手に貰っても」

「あのまま『竜の谷』に放置され、錆びつくよりかは良いと思います。……引っかかるようでしたら、ルイン君が使うというのはどうですか? あのスカルナイトの人も喜ぶと思いますよ」


 そう提案してくれたディオンさん。

 確かに、今の俺の武器はそう大した武器ではない。


 アーサーさんのお店で買った剣ではあるものの、質の良いただの鉄剣だからな。

 対するスカルナイトが持っていたのは、ワイバーンの牙が練り込まれた玉鋼の漆黒の剣。


 使えば一気に戦力アップに繋がると思うが、やっぱり気が引けてしまう部分がある。

 盾と一緒に墓に置いてくるのが正解だったかもと思いつつ、ディオンさんの言う通り、持ち出してきてしまったのであれば、使わない方が失礼だとも感じる。


「…………分かりました。俺が大事に使わせて頂きます。それで、あのスカルナイトのご家族がいれば、そのご家族に返却すればいい訳ですしね」

「そういうことです! 良いですね。武器がしっかりとしただけで、一気に英雄に見えてきましたよ」

「それは流石に言い過ぎです! 早くランダウストに帰りましょう」


 鉄剣を背中に、漆黒の剣を腰に差し、俺達は国境からランダウストを目指して歩を進めた。



 行きと同様に三つの街を経由し、国境から約二週間ほどで懐かしいランダウストの街へと戻ってくることができた。

 期間にしたら、まだ三ヶ月ほどしか経っていないはずなのに……随分と懐かしく感じる。

 国境を越えたところでは、懐かしいという感情は一切湧かなかったけれど、こうして見慣れた景色を見ると懐かしいという気持ちが出てきた。


 魔力溜まりの洞窟での、ダンベル草食いの時間が本当に長く感じたからな。

 辛い時は時間の流れを遅く感じ、楽しい時は時間の流れが速く感じる。

 この懐かしいという気持ちは、その差が如実に表れた結果だと思う。


「さーて、どうしやすか。あっしらはエリザの顔でも拝みに行きやしょうかね。ルインはどうするんですぜ?」

「俺も……アーメッドさんの顔を見に行きたいです。この間はショックのあまり、すぐに去ってしまいましたから」

「そういうことなら三人で向かいましょうか。色々と報告したいこともありますし、『特別霊安室』の追加料金も払わなくてはいけませんからね」


 こうして、まずは治療師ギルドに行くことが決まった。

 前回は碌に顔を見ずに、飛び出しちゃったからな。


 今はもうアーメッドさんの死を受け入れることができたし、受け入れた上で蘇生させるという気持ちでいる。

 それでも死に顔を見るのが怖くないといえば嘘だが、目を背けるのは違うと思った。


 ぐるぐると色々な感情が入り交じる複雑な心境の中、ディオンさんとスマッシュさんの後をついて歩いていると、突然足を止めた二人。

 まだ治療師ギルドにはついていないと思うのだが……。

 立ち止まった理由が気になった俺は、二人の間から顔を出して前を覗いてみると、そこにいたのは【蒼の宝玉】の面々。


 【蒼の宝玉】というのは、アーメッドさんが【青の同盟】に所属する前に、所属していたパーティ。

 先頭に立つ真っ赤な燃えるような髪色をしているのが、アーメッドさんと揉めた張本人でもあり、【蒼の宝玉】のパーティリーダーであるレイラさん。

 

 その他の人達は名前を知らないが、以前冒険者ギルドで見たことがある三人だ。

 手足が異様に長いひょろ長の男性、身長は俺と変わらないぐらいだがとてつもない筋肉量を誇っている隻腕の男性、全身に縫った跡があり片目が宝石でできた義眼の男性の三人。


 グレゼスタの冒険者ギルドで初めて出会った時は、本当に恐ろしく感じた四人だったが――。

 今は一切の恐怖も感じていない。

 

 俺が経験を重ね、更に魔力溜まりの洞窟で急成長したからかもしれないな。

 ……それにしても、【蒼の宝玉】は一体何をしに来ているのだろうか。

 俺は一歩引いた状態で、【蒼の宝玉】とディオンさん、スマッシュさんの会話を大人しく聞くことに決めた。

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