第二百十二話 感謝の言葉
続いて、回復ポーション以外のポーション生成を試みようと、次の材料に手を伸ばしたところで、ふと視界が揺れる感覚に襲われた。
俯き、目頭を押さえると、揺れるような感覚はすぐに収まる。
「やっと動きを止めてくれたわね。話しかけても一切こっちを見ないんだもの。少し怖かったわよ」
顔を上げると、ジュノーさんが少し心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。
……そうか。フォーカス草を飲んでいたのを完全に忘れていた。
飲んだのはつい数分前の出来事なのだが、そんなことが頭から消し飛ぶほど、俺は集中してポーション生成を行っていたようだ。
ジュノーさんは俺に話しかけたと言っていたが、集中しすぎていて話しかけられたことすら分かっていない。
これは予想以上の効能かもしれないぞ。
「恐ろしい顔でポーション作ってると思ったら、今度は笑ってどうしたの? トビアスが連れてきただけあって、かなりの変人でもあるようね」
「あっ、違います! ちょっと試していたことがあって、それの効果が良かったので顔が緩んだだけですので」
「……どっちにしても変よ」
今日だけでアルナさんに続き、ジュノーさんにまで変と言われてしまった。
むむ。絶対に俺よりも二人の方が変だと思うんだけどな。
「あら、どうやら帰ってきたみたいよ」
「えっ?」
腕組みを解き、俺の背後を指さしたジュノーさん。
その指先を見るように振り返ると、出先から戻ってきたトビアスさんがこっちへ向かって歩いてきていた。
「ルイン、早速来てたのか」
「はい。お礼も兼ねて挨拶に来ようと思ってましたので。一階のスペースを使わせて頂き、本当にありがとうございます!」
「へっへ。若いくせに本当に礼儀正しいな。後ろのジュノーに見習わせたいくらいだぜ」
「余計なお世話。そもそも場所を貸してるのは社長でしょ? なんで偉そうにしてんのよ」
「ルイン、そりゃあな? ……確かになんでだ? ジュノーの言う通り、場所を貸してるのは社長だし俺への感謝はいらないぜ」
「場所を貸してくれたのは社長さんかもしれませんが、交渉をしてくれたのはトビアスさんですから。感謝しますよ!」
「へっへ。やっぱルインは根が良い奴なんだろうな。……それで、今日はしばらくポーションを作っていくのか?」
俺よりもトビアスさんが良い人なんだけどなぁ。
そう反論したかったが、照れたように頭をポリポリと掻いたトビアスさんは、唐突に話題を変えてきた。
「はい。そのつもりですが……。その前にトビアスさんと少し話がしたいのですが、この後ってお時間ありますか?」
「ああ。もちろん空いてるぜ。それじゃ、いつものように応接室を借りてくるから一緒に行こうか」
「分かりました。ありがとうございます!」
応接室に行く前に、ジュノーさんに挨拶だけしておこう。
フォーカス草のこともあって、変な空気になっちゃってるからな。
「今日は付き合ってもらってありがとうございました。また違う日にでもお話出来たら嬉しいです」
「私が勝手についてきただけだし、こっちの方こそありがとう。久しぶりに面白いものが見れたわ。トビアスが嫌になったらいつでも言って頂戴。代わりに私が担当になってあげるから」
「恐らくないとは思いますが……。もしそんなときがあれば、よろしくお願いします」
トビアスさんが俺を見限ることはあっても、俺がトビアスさんを嫌になることはないだろう。
とりあえず無視してしまったことは、あまり気にしてない様子で一安心だ。
俺は一礼してからすぐに応接室に向かい、トビアスさんの用意してくれた椅子に座る。
一応、醸造台の置き場所の相談をしたときに軽くお礼は伝えたのだが、今日は改めてしっかりとお礼がしたかった。
「トビアスさん。改めて、醸造台の件ありがとうございます。すぐに場所の確保をして頂けたのは本当に助かりました」
「いいって、いいって。たまたまここの一階が空いてただけって話だし、さっきも言ったが社長が貸してる訳だしな」
「醸造台の件だけでなく、情報の件でも本当に助かってますので。トビアスさんがいなかったら、未だに動けていなかったと思います。ありがとうございました!」
しっかりと頭を下げて、感謝の言葉を伝える。
「前にも言ったけど、俺がルインによくしてるの打算的な目的だぞ。俺が情報を与えたからって、攻略してすぐに第十階層まで到達なんて不可能だしな。見る目のあった、俺の目に感謝ってなら分かるけども!」
「本当にそうだったとしても、俺の感謝の気持ちは変わりませんよ!」
「……純粋に良いやつすぎて、こっ恥ずかしくてムズムズしてくるわ! 感謝はこれでいいから、有意義な話をしようぜ。とりあえず情報の共有からしようや」
それから、トビアスさんのくれた情報の正否を話し、ダンジョンのことで俺が気づいたことを共有した。
続いて、双ミノの感想と十階層で採取した一部の植物の情報。
最後に、ダンジョンの植物の特徴についてを話したところで、トビアスさんとの話し合いは終了となった。
一応俺が持っているダンジョンの情報は、ポンド草を除いて全て伝えたのだが、果たしてこれが記事の材料となるのかどうか。
トビアスさんは俺の話を聞きながら軽く笑い、今は必死に手帳に何かを書き記していることから……少しは役に立てていると思いたいな。
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