第七十三話 かれぇ?


 二人について、市場の中を抜けていくと……正面に見えたのは見るからに怪しいお店。

 建物自体もボロボロで、俺が寝泊りしているボロ宿に匹敵するレベルのボロボロさだ。


「ここが香辛料を取り扱ってるお店……?」

「うん! 外観はちょっと汚いけど、扱ってる食材はピカイチだから安心して!」

「……ええ。ライラさんの言う通り、香辛料以外にも様々な食材を扱っていますが、どれも新鮮な物ばかりですよ」


 ライラに続いてニーナも、自信満々に問題ないと言ってきた。

 二人がそこまで言うのなら、本当に良い食材だけを取り扱っているのだろう。

 二人の料理の腕はコルネロ山で確認済みだしね。


 ライラが怪しいお店の扉に手をかけ、お店の中に入ると、まず香ばしい良い香りが鼻をくすぐった。

 続いてお肉の匂いや、野菜の匂い。それから少し生臭い匂いも漂っている。

 まさしく‟食”の匂いが、この店内には広がっていた。

 

「クライブさん! ちょっと来て!」


 ライラを先頭に少しお店の中を歩くと、一人の店主らしき男性にライラが声を掛けた

 声を掛けられた男性は30代くらいの男性で、上下共に黒で統一されている服を着こなしている。

 更には黒い眼帯に黒い帽子と……お店だけでなく、店主までもが怪しい。


「おう。ライラにニーナじゃねぇか。今日も買い物に来たのか?」


 声は低くて渋い。

 遠くからだと分からなかったが、背がかなり高く細身で肌は浅黒く、片目は隠れているが整った容姿をしている。


 ……それと一番特徴的なのはその腕。

 細身なのだが、裾から見えるその腕は引き締まっていて、無数の傷跡が見えた。

 恐らくだけど、冒険者等の戦闘職についていたことが伺える。


「今日は買い物もしますけど、買い取りもして貰いたくてきたんです! 香辛料の買い取りってしてますよね?」

「ん? なんだ、香辛料を採ってきたのか。もちろん使える香辛料なら買い取らせてもらうぜ」

「だってさ! ほらっ、ルイン。見せてあげなよ!」


 二人の後ろに隠れていたのだが、ライラが俺の背中を押し出してきた。

 俺は怪しい店主さんの前へと突き出され、ジロリと見られている。

 

「ル、ルインと申します。香辛料の買い取りをして欲しく、ライラさんとニーナさんに紹介してもらい、このお店を——」

「いらんいらん。長ったらしい挨拶はいらないから、早く物を見せてくれ」


 挨拶の途中でピシャリと言葉を遮られ、催促されてしまった。

 俺は言葉通りに挨拶を止めて、すぐに香辛料を怪しい店主さんに見せる。


「……ほう。こりゃ結構な量じゃねぇか。これ、ルインが全部採取したのか?」

「はい、そうです。ライラさんとニーナさんに、香辛料は使えるから売れると聞いて採取したのですが、本当に売れるでしょうか?」

「……ちょっと待ってくれ。今、確認してみるからよ」


 怪しい店主さんはそう言うと、俺が渡した香辛料を手で持ち、匂いを嗅いで判別し始めた。

 一つ、そしてまた一つと香辛料を見て行く度に、怪しい店主さんの表情が明るくなっていく。


 最初はむすっとした表情だったのだが、今では笑顔で俺の渡した香辛料の匂いを嗅いでいる。

 笑顔は笑顔で怪しいのだが、むすっとした表情よりかは、俺の気持ち的には接しやすくなった。


「ペッパーにジンジャー、クミンにローレル。どれも良い香辛料だな! ルイン、これ全部売ってくれるのか?」

「え、ええ。一応その予定ですけど……」

「そうかそうか! 野郎だし邪険にしようと思っていたが、良い奴じゃねぇか! よしっ、合計で金貨5枚でどうだ?」


 …………ん?

 今、金貨5枚って言ったか……?


「き、金貨5枚ですか……?」

「ん? なんだ不満か? ――なら金貨5枚と銀貨5枚でどうだ。これで不満なようなら、良い奴と言った言葉は前言撤回させてもらう」

「い、いやっ! 逆です! こんな植物が金貨5枚での買い取りでいいんですか?」

「こんな植物……? どれも優秀なスパイスだぞ。量も十分すぎるほどあるし、合計で金貨5枚は妥当な値段だ」


 本当に金貨5枚なのか……。

 ライラから高値で売れるとは聞いていたが、本当に美味しくない香辛料を高値で買い取って貰えるとは。

 

「それじゃ是非、金貨5枚で買い取ってください!」

「おしっ。取引成立だな!」


 俺は怪しい店主さんと握手を交わし、取引は成立となった。

 詳しい値段を聞くとライラから聞いていた通り、ペッパーの実が一番高く、次点でジンジャー。

 一番安いのがローレルの葉で、それでも銅貨1枚での買取だった。

 

 どの香辛料も薬草より高価で正直驚きの連続。

 確かに薬草や魔力草と比べると、見つからないっちゃ見つからないのだけど……正直、使い道が全く分からないんだよな。


 うーん。

 ……丁度良いタイミングだし、おばあさんから聞いた料理のことも聞いてみようか。


「あのちょっといいですか? 香辛料が使われている料理について聞きたいんですけど……」


 俺が売った香辛料を見て、ニヤニヤと嬉しそうにしている怪しい店主さんに、俺は質問する。

 香辛料を見ただけで、種類まで言い当ててたし、この人なら知っていそうだと思った。


「香辛料が使われている料理について? なんだその料理は」

「人伝手で聞いた料理なので料理名までは分からないんです。どうやら複数の香辛料が使われる料理らしいんですけど……なにか知っていたりしますか?」

「複数の香辛料が使われる料理? そんなのいっぱいあると思うからな。もう少し詳しい情報はないか」

「えーっと……苦い食べ物を打ち消せる料理で、更に辛味の強い料理らしいんですけど」


 俺がそこまで伝えると、背後にいたニーナが一つ手を叩いた。


「……クライブさん。カレーじゃないですか?」


 かれぇ? かれぇってなんだろう。

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