第百五十話 おばあさんからの呼び出し


 キルティさんとの最後の特訓を終えたその翌日。

 昨日、キルティさんと共に散々泣いたからか、金縛りに合うこともなく久しぶりにグッスリと眠ることが出来た。

 疲労はまだ残っている感じはあるが、気分はスッキリしていて目覚めもかなり良い。


 俺は軽く顔を洗ったあと、いつもの癖で木剣を探してしまう。

 既に荷造りは終えているため木剣は取り出せないし、そもそも剣を振っている時間なんてないのに。


 今日もキルティさんが宿の前に来ていて、いつものように剣の指導してもらう。

 そんな当たり前だった日常を鮮明に想像して……少し寂しくなった。


 ……駄目だ!駄目だ!

 俺はどんよりした気持ちを切り替えるため、自分の頬を一つパンッと叩いてから、朝食の準備へと移る。


 感傷的な気持ちに浸っている時間はない。

 ゆっくりしていたら、野宿するハメになってしまうからな。


 俺だけだったらまだいいが護衛を頼んでいる以上、それだけは絶対に避けなければならない。

 昨日作っておいたダンベル草カレーをかきこむように食べてから、すぐに荷物を持って、もぬけの殻となったボロ宿を後にする。


 それにしても、この宿にも本当にお世話になった。

 明日も生きていけるかどうかも危うい時に偶然見つけた、このオンボロの格安宿。


 最初はそのボロさ加減もあって、お金が溜まり次第すぐに出ていくと決めていたが、店主のおじいさんが優しい人なのもあって、俺は結局最後まで泊まり続けた。

 宿前の庭も心良く貸してくれたし、俺の部屋から強烈な臭いを発することもしばしばあったが、笑って許してくれ本当に居心地が良かった。


 このボロ宿と店主さんとの思い出に浸りながら、諸々の手続きは既に終えているため、俺は店主さんがいる部屋に一礼して、ボロ宿を後にする。

 本当は最後の挨拶をしたかったのだが、朝が早すぎるため流石に挨拶をすることはできない。

 部屋のテーブルの上に、これまでの迷惑料やお礼のお金を少し多めに置いてきたから、おじいさんが有効活用してくれるといいな。

 

 そんなほっこりとした気分となった俺は、『エルフの涙』へと向かう。

 この一週間はずっとキルティさんと一緒で、おばあさんのところに顔見せ出来ていなかった。

 見送りとは別で、出発前に顔を見せてくれと言われていたため、俺はこの朝早くに『エルフの涙』へ向かっているのだ。


 慣れ親しんだグレゼスタの街を目に焼き付けながら歩き、街外れの『エルフの涙』へと到着。

 かなり朝早いのだが、おばあさんはポーションを作っているようで、森のような自然のいい匂いが香ってくる。

 そんな匂いに誘われるように扉を開けると、やはりおばあさんはカウンターにはおらず、俺は慣れた様子で奥の部屋まで向かう。


 奥の部屋に入ると、真剣な眼差しでポーションだけに集中しているおばあさんがいた。

 俺には気づいていないようで、ポーション生成が一段落ついたタイミングで、俺はおばあさんに声を掛ける。


「おばあさん、おはようございます」

「あれっ!びっくりした! ルイン、来てたのかい!」


 一瞬驚いた様子で俺の方を見た後、すぐに笑顔へと変わったおばあさん。

 この優しい笑顔を見るたびに、俺の心はポカポカしてくる。


「すいません。顔を見せるのが出発の日になってしまいまして」

「いいや、気にしなくて大丈夫だよ。色々と‟師匠”とやらに教わっていたんだろう? それにワタシの方の用は大したものじゃないからね」

「それでしたら良かったのですが……」


 そう言ってはくれたが、用って何なんだろうか。

 俺自身は、皆目見当もついていない。


「ルイン。悪いんだけど、ちょっと待っていてくれるかい? このポーションだけ作っちゃいたいんだ」

「もちろん、大丈夫ですよ。後ろで見させて頂きます!」


 そんなおばあさんのポーション生成を、俺は後ろからじっくりと見る。

 ……やはり手際の良さが俺とは段違いだ。

 単純な作業なのにも関わらず、手際の良さに見惚れてしまい、ずっと見ていたい気持ちになる。

 達人の技というのは、いくら見ていても飽きないからな。



「……ふぅー。ようやく完成だ。ルインも待たせて悪かったね」

「いえいえ。見ていて面白いですし、タメにもなりますので、全然気にしなくて大丈夫ですよ!」


 生成を再開してから、約30分ほどで完成したようだ。

 色味やおばあさんの様子から見ても、このポーションは最高品質回復ポーションだと思う。

 俺もいつかは作ってみたいが、おばあさんの指示を受けながら作っても、今の俺の腕では作れそうにない。


「それじゃいきなり本題なんだが……ちょっとここで待っててくれ」


 おばあさんは俺にそう言うと、椅子から立ち上がって二階へとゆっくり上がって行った。

 そして数分後、おばあさんが階段を下りてきたのだが、その手にはなにやら大きな箱が持たれている。


「……よっこいしょっと。ルインを呼び出した理由はこれを渡そうと思ってね」

「一体……なんでしょうか。この箱は」

「くっくっく。気になるかい? これはね、ワタシが若い時に使っていた装備一式なんだ。おさがりだからどうかとも思ったけど、体型的にもぴったりだと思うし、良かったら使ってくれないかい?」


 そう言ってからおばあさんは箱を開けると……中には、見るからに凄そうな装備の数々が入っていた。


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