第百四十九話 最後の指導


 【蒼の宝玉】との一件から、一週間が経った。

 俺はマーロンさんの助言通り、ギルド長にアーメッドさん達【青の同盟】の居場所を聞いたところ、あっさりと『ランダウスト』と呼ばれる街を拠点にしていることを教えて貰った。

 

 調べたところランダウストは、グレゼスタ、王都と並ぶ王国五大都市の一つで、別名‟ダンジョン都市”。

 その名の通り、街のすぐ近くに巨大なダンジョンがあるようで、そのダンジョンを中心に街が形成されているようだ。


 元々は何の変哲もない普通の街だったのだけど、巨大なダンジョンが現れたことで多くの冒険者が街にやってきて、その冒険者目当てで商業が盛んとなり、今では五大都市の一つまでのし上がったのだと、『エルフの涙』のおばあさんが教えてくれた。


 新種の植物や経験を積むために様々な魔物と戦いたいため、ダンジョンには絶対に行きたいと思っていたから、アーメッドさん達がダンジョン都市にいるのは、俺にとってかなりの幸運だ。

 今の俺の強さでパーティに入れてくれるかは分からないが、ディオンさん、スマッシュさん、そしてアーメッドさんと一緒にダンジョンを攻略したい。

 まだ再会も果たしていないのに、俺の気持ちはかなり高揚している。


 そしてグレゼスタを出発する日が、今日から約一週間後と正式に決まった。

 【青の同盟】さん達の居場所を聞いてから、この一週間で旅の準備も完璧に終えているため、本来ならば今すぐにでも発てるのだが、キルティさんの強い希望で出発を一週間先延ばしとしたのだ。

 キルティさんはこの一週間で、俺に出来る限りの技術を叩き込むと言ってくれていたが……一体どんな特訓が行われるのだろう。


 期待半分不安半分で、木剣を軽く振りながらボロ宿前で待っていると、キルティさんがやってきた。

 その恰好は見慣れた騎士団の鎧ではなく、一緒にナバの森へ行ったときのような服装。

 ……あれ、今日もまた何処かへ行くのだろうか。


「キルティさん、おはようございます」

「おはよう、ルイン。今日は随分と早いな」

「特別な特訓をしてくれると言っていたので、ワクワクして目が覚めてしまったんです。……それでキルティさん。私服ってことは別の場所に移動するんですか?」

 

 俺が挨拶をしてから、早々に恰好についてを突っ込むと、ゆっくりと首を横に振ったキルティさん。

 その後クールな笑みを浮かべると、おもむろに話を始めた。


「いや、何処かへ行くとかではない。……実は一週間の休暇を貰ってきたんだ。だから今日は私服って訳だな」

「……えっ?一週間の休暇ですか!? 色々と大丈夫なんでしょうか」

「ああ、大丈夫だ。基本的に騎士にも休暇はあるんだが、私は一度も取ったことがなかったから、今回はその休暇をまとめて消化させてもらったんだ。騎士団に務めてから約10年間。貰える休暇を全て返上していたから、団長に休暇が欲しいと頼んだときは顎が外れるのではと思うほど驚かれたがな」


 そう笑って語っているキルティさんだが、俺はその休暇を自分のために使わせてしまったことで申し訳なくなってくる。

 ただでさえこの一年間で、キルティさんの途方もない時間を俺に費やしてもらったのにな。

 そんな俺の心情を察したのか、ゆっくりと俺の傍まで来ると、キルティさんは俺の背中をポンッと叩いてきた。


「また余計なことを考えているのだろう。私が勝手にやっていることだ。ルインは気にせず、強くなることだけを考えてくれればいいんだよ」

「でも——」

「私よりも強くなると、約束したのだろう? 少しでも恩に感じているのならば、少しでも糧にして強くなってくれ」

「……はい! キルティさん、本当にありがとうございます!」


 そこから一週間。

 俺は早朝から深夜まで、キルティさんに付きっきりで指導をしてもらった。


 重心の置き方や細かい体捌き、基本の剣の振りの応用を徹底的に叩き込まれ、休憩の間は戦術やピンチの時の対処法。

 さらに魔物の大まかな特徴と弱点を教えてもらった。


 唯一、休める睡眠の時間も、肉体的な疲労と精神的な疲労のせいか金縛りが頻発し、まともに眠れた日は一日たりともなかった。

 ただその分、この一週間で身に着けた技術や情報は多く、この一年間で一番成長出来た一週間だったと言っても過言ではない。


「……ルイン。よく一週間、頑張ったな」

「キルティさんこそ、俺のために一週間の休みを使ってくださり、本当にありがとうございました」

「……ふぅー。……これでルインに指導できる日々は終わり……なんだよな」


 そう感慨深くそう呟いて、光り輝く月を見上げたキルティさんの目には……僅かながら涙が溜まっているのが見えた。

 そんなキルティさんを見て、俺もこの一年間のキルティさんとの思い出が頭を駆け巡り、うるっときてしまう。


「一週間……だけじゃありませんでしたね。一年間、見ず知らずの俺のために指導に費やして下さったこの日々を――俺は絶対に忘れません。二週間前に約束した通り、俺は絶対にキルティさんを超えますので、期待して待っていてください!」

「…………ぐすっ、すまない。……なんだか最近、涙腺が弱くなってしまってな。ルインのその言葉が心の底から嬉しいのに、何故だか涙が止まらないんだ」


 無理やり笑顔を作ってくれたのだが、その頬には溢れんばかりの涙が伝っている。

 そんな笑顔で大泣きしているキルティさんの顔がおかしくて……俺も釣られてしまう。

 

「キルディざん。凄い顔じでますっで」

「……本当にすまないな。……ふふっ。だが、ルインも凄い顔をしているぞ」


 それからお互いの泣き笑い顔を見て、涙が枯れるまで二人で泣いて笑った。

 俺との別れを悲しんでくれるキルティさんに、グレゼスタを離れたくない気持ちが強くなるが……俺はそんなキルティさんのためにも、離れて強くならねばならない。


 出会いがあれば、別れもある。

 至極真っ当なことなのだけど、俺は‟別れ”というものには一生慣れないだろうな。

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