第百四十八話 嘘と対価

 

 それから約一時間ほど、俺は【蒼の宝玉】の面々に囲まれて質問を受けた。

 ようやく聞くことがなくなったのか、数十秒の沈黙が流れたあと、つぎはぎの男性が言葉を発した。


「色々聞いたけどよく分からなかったね。現パーティメンバーには酷い仕打ちをしているみたいだし、単純に君が好かれていただけみたいだ」

「ケッケッケ。少年を助けに行ったと聞いた時は、街を追い出されることになって、少し大人しくなったんだと思ったんだけどねえ。全然変わっちゃいないんかよ」

「私は……変わってないようでホッとしたけどな」


 残念がっているつぎはぎの男性とひょろ長の男性。

 その一方で、挑発的な笑みを浮かべているレイラさん。


「アーメッドのこと、色々聞けて良かったぜ。んじゃ坊主、もう帰っていいぞ」


 満足そうな表情を浮かべながら、片腕でシッシッとジェスチャーしている隻腕の男。

 この場から解放されるのは純粋に嬉しいが……まだ、こちらの質問には一切答えてもらっていない。

 レイラさんから何かしらのアクションがあるのかとジッと待ってみるが、レイラさんは一向に喋ろうとする気配は一切見せない。


「おいっ、聞こえねぇのか。もう用はねぇから帰れって言ってんだよ!」


 上機嫌だった隻腕の男性は、帰らずに立ち止まっている俺に怒気を含んだ声を上げた。

 いきなりの怒声に体がビクッと反応したが、時間だけ取られるだけ取られて帰るのは嫌だ。

 

「あ、あの、アーメッドさんの今いる場所の情報を教えて頂けると聞いて、ここまでついてきたのですが……教えては貰えないのでしょうか?」


 隻腕の男性の脅しに気圧されず、俺はそう言葉を告げる。

 楽しそうに談笑していた三人もこちらを見てきた。


「あ? 誰がそんな約束したんだよ」

「レ、レイラさんです」

「おいっ、レイラ。てめぇそんな約束したのかよ」


 隻腕の男性のその言葉に、黙ってこちらを見ていたレイラさんは、面倒くさそうに一つ溜息をした。


「ああ。確かにしたな」

「だったら、早く教えてこいつを帰らせろや」


 俺がいることがそんなに嫌なのか、不機嫌そうに吐き捨てた隻腕の男性の言葉に舌打ちしてから、再び俺の前へと歩いてきたレイラさん。

 そして俺の真ん前に立つと妙な間を置き、そして……。


「悪い。実は知らねぇんだわ」

「えっ……? いやっ、ちょっと待ってください」


 悪いと言っている言葉とは裏腹に、態度は一切悪びれる素振りを見せずにそう言ってきた。

 フリーズしている俺を置いて、また二人の下へと引き返そうとしたレイラさんを俺は慌てて呼びとめる。

 振り返ったレイラさんの表情は、さっきギルド前で見た歪み切った表情へと変わっていた。


「ケッケッケ。そりゃ、レイラが知ってるわきゃねーよな。大喧嘩して別れてんのによぉ」

「そうだね。アーメッドの情報を知らないからこそ、ここまで質問責めにしたんだもんね」


 レイラさんの後ろでそう話している二人。

 俺も薄々は気づいていたけど、やはり何も知らなかったのか……。


「どんな情報でもいいので、アーメッドさんが行きそうな場所に心当たりがあれば教えてはくれませんか?」

「……チッ、だから知らねぇっつってんだろ!!」


 とうとう逆ギレをかましてきたレイラさん。

 質問責めに費やした時間は完全に無駄となってしまったが、知らないことを聞いても仕方がない。

 この人らに解放されたことだけを喜んで……出て行くとするか。


「……分かりました。それじゃ行きますね」


 俺はテンションがガタ落ちし、消え入りそうな声でそう告げてから、引き返して部屋を後にする。

 今回の一件で、アーメッドさんが大喧嘩した理由も理解したな。

 【蒼の宝玉】の人達と話せたのは、良かったかもしれないけど、出来ればもう二度と関わりたくはないな。


 俺はとぼとぼとバックヤードを歩きながら、冒険者ギルドへの扉に手を掛けたとき——いきなり後ろから肩を掴まれた。

 落ち込んでいたというのもあるが、物音や気配を一切感じなったため、体がビクッと反応する。


 肩を掴んだ人物を確認するため、俺が恐る恐る振り向くと、そこにいたのはつぎはぎの男性。

 つぎはぎの男性は満面の笑みで、縫われた口角の部分がちぎれそうになっていた。


「ごめんごめん。驚かせちゃった?」

「……はい、少しだけ驚きました。あの……マ、マーロンさんでしたよね? まだ何か聞きたいことでもあったのですか?」

「いやいや、みんなの態度が悪すぎたお詫びをしようと思って、君を追いかけてきたんだ」


 俺を和ませようとほほ笑んでくれているのだろうが、バックヤードが暗いのもあって俺には恐怖心しか芽生えない。

 ……ただ、このつぎはぎの男性だけは、三人に比べて物腰も柔らかったたし、こうしてお詫びのために追いかけて来てくれたのだから、かなり良い人なのだとは思う。


「お気遣いありがとうございます。ただ、私は大丈夫ですので気にしなくても大丈夫ですよ」

「そう言ってくれるのはありがたいけど、拘束時間分だけの対価を払うよ。お詫びの品はこんなのでどうだい?」


 そういってつぎはぎの男性が胸元から取り出したのは、一つの植物。

 俺は瞬時にその植物の鑑定を行うが、未鑑定と鑑定された。……一体、なんの植物なのだろうか。

 気にしなくて大丈夫と言ったが、未鑑定植物となると話は別だ。めちゃくちゃ欲しい。


「はっは、やっぱり目の色が変わった。去年、君の荷物の中に植物が大量に入ってたからきっと喜ぶと思ったんだけど、やはり正解だったみたいだね。お詫びも兼ねてるから受け取ってよ」


 そう言ってマーロンさんが渡してきた植物を、俺は素直に受け取った。

 先ほどまでの嫌な気持ちは吹き飛び、気分が高揚していくのが分かる。

 自分でも単純だとは思うけど、未鑑定植物を頂けるのは気分が高まるのも無理はない。


「マーロンさん、ありがとうございます!」

「そんな深々と頭を下げなくていいよ。時間を貰った対価だからね」


 そう言って笑ったマーロンさん。

 もうつぎはぎだらけの顔も、一切怖いと思えなくなったな。

 縫われた部分が良い味を出していて、逆に優しそうな表情になっているとさえ思う。


「それと、アーメッドの情報だけど……多分冒険者ギルドのギルド長に聞けば教えて貰えると思うよ。冒険者は辞めていないと思うから、ギルド長ならクエスト達成履歴でどこの街にいるのか分かるからさ。俺達は教えて貰えなかったけど、君なら教えて貰えるでしょ?」

「そうなんですか!! そんな情報まで……本当にありがとうございます! 早速、ギルド長に聞いてみます!」

「結局、俺たちは情報は教えられてないしお礼はいいって。それじゃ戻るから、もしアーメッドに会ったらよろしく伝えておいて」


 そう言って部屋へと戻って行ったマーロンさんに、俺は再び深々と頭を下げる。

 俺の中で【蒼の宝玉】の……いや、マーロンさんの株が急上昇したのだった。


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