第二百十四話 採取中の会話

※冒険者ギルド職員 ロザリー視点となります。



 この十階層に到着するまで、攻略を開始してから約三時間ほどだろうか。

 ボス戦には参加していないといっても、ダンジョンをこんなに楽な状態を維持したままで攻略出来たのは、私にとって初めての経験だった。


 一度だけ危ない場面があったが、それもジェイドさんの機転によって……うっぷ。 

 ジェイドさんに助けられはしたが、あの臭いは思い出すだけで吐き気がする。

 ……と、まぁ危ない場面は一度あったけど、基本的には大量の魔物相手にも苦戦も疲労もなく、十階層まで辿り着くことができた。


 ――久しぶりに生で見る、この異様な光景。

 もう二度と見ることはないと思ったけど、こういった形で帰ってくるとはなぁ。


「六階層で引き返す冒険者が多いので、七階層以降は一度しか冒険者パーティとすれ違いませんでしたが、やっぱり十階層はかなりの人数がいますね」

「ダンジョンで唯一、気を休めることの出来る中継地点ですからね。ここを起点に攻略する人もいますし、人は自然と集まるってものです」

「ん。それでこの階層で何するの?」


 アルナさんと同じように、私もそのことが気になっていた。

 どうやらこの十階層で数日留まるそうなのだけど、休憩地点としてでしかこの階層の役目はないからね。


 私は理由を語るジェイドさんの言葉に耳を貸し、話を聞いたのだが——。

 どうやら数日間の間、この十階層で植物採取を行うということらしい。


 回復を含め、後衛で色々と駆使していたサポートの殆どは植物を利用したもののようで、そのサポートのために植物が必要と話していた。

 なるほど……。

 初心者冒険者なのに、アイテムでの回復を行えている理由はそういうことだったのか。


 今日実際に戦ってみて分かったけど、この三人パーティではジェイドさんのサポートは必須だし、お金稼ぎも兼ねていると言われたら断る理由はない。

 そもそも私は穴埋めなのだし、断る権利自体ないんだけどさ。


 目的を話した瞬間は即却下したアルナさんだったけど、ちゃんとした理由を聞いたことで植物採取に賛同し、ジェイドさん先導の下隠れたエリアでの植物採取が始まった。

 私はアルナさんに植物の見分け方を教えながら採取し、ジェイドさんは一人で採取に動くみたいだ。


「これは薬草? 魔力草?」

「えーっと……。多分、どちらでもないです。魔力草は葉脈が若干紫がかってまして、薬草は根本が少しネバッとしているのが特徴ですね」

「んー。紫だと思うけど」

「魔力草に似ている雑草ってところですかね?」


 ジェイドさんからはゆっくりでいいと言われているため、アルナさんとあーだこーだ言い合いながらミスのないように選別作業を行う。

 観察眼が鋭いアルナさんなら、特徴さえ教えてしまえばすぐに見分けをつけられるようになると思ったんだけど、どうやらそういう訳にはいかないみたいだ。


「はぁー。どれも同じに見える。……ね、薬草一本っていくらで売れる?」

「薬草一本で、確か銅貨二枚くらいだと思います」


 そう質問に答えると、無表情な顔を更にやる気のない表情へと変えたアルナさん。

 これだけ頑張って見分けて銅貨二枚という効率の悪さに、やる気が削がれてしまったんだろう。


「安すぎ。『亜楽郷』で働いた方が楽に多く稼げる」

「これでも他の街と比べたら需要が段違いなので、高く買い取ってくれている方なんですけどね」

「んー。……早く攻略に戻りたい」

「それは私も同意見ですけど……。ジェイドさんのサポートにも係わってくるみたいですので、数日間だけ頑張りましょう」


 ごねて投げ出そうとしているアルナさんを宥めて、植物の選別作業を続ける。

 それからしばらく無言の時間が続き、私はふと気になったことを尋ねてみることにした。


「初めて顔合わせをしたときに軽く話を伺いましたが、アルナさんって何者なんでしょうか? 普通の初心者冒険者ではないことは分かるんですけど、ランダウストでは聞いたことがなかったので」

「帝都で戦闘職に就いてた」

「帝都ですか? それじゃ帝国から王国にやってきたんですか?」

「ん。クビになって色々あったから王国にやってきて、ダンジョンが面白そうだからランダウストに来たって感じ」


 なるほど。

 元々戦闘職についていたのなら、この強さにも納得がいく。


 ‟帝国”ではなく‟帝都”と言っていたし、かの有名な帝国聖騎士団に所属していた可能性も高いと思うな。

 もう少し深堀して聞いてみようと思ったのだけど、私が話を振る前にアルナさんがポツリと言葉を漏らした。


「私よりもルインが凄い」


 その一言に思わず作業の手を止めて、まじまじと顔を覗き込んでしまう。

 双ミノ相手に一人で圧倒した実力を持っているアルナさんが、自分よりも凄いと言うとは思わなかった。


「……確かにジェイドさんも凄いですよね。グレゼスタで剣の特訓を付けてもらっていたと言ってましたけど、あそこまで戦えるとは思ってませんでした」

「ん。剣もやるけど、私が驚いたのはサポート能力」

「あー、回復ですか? 攻撃を受けた瞬間に回復を入れてくれるのは、確かに驚きましたね」

「それだけじゃない。攻撃を受けていないダメージもすぐに回復が入る」


 そういえばボス戦で思うように動けず足を捻らせた時、回復をしてくれたのを思い出した。

 あの時は自分の不甲斐なさと、捻った程度で回復をするのはもったいないという気持ちでかき消されていたが、確かに私が足を捻ったことに気がついたのは引っかかる。


 足を引きずって痛がる素振りを見せた訳ではないし、足を捻ったところを見せた訳でもない。

 ……なんですぐに捻ったのを見抜けたのだろうか。


「確かに思い返すと、攻撃を受けていないダメージにも気づいていますね。そういった類のレア持ちなんでしょうか?」

「んー、どうだろ。ルインがレア持ちだっていうのは確定しているけど、傷を見抜くとかそういう類のではないと思う。傷に関しては、多分経験によるもの」


 経験によるもの……か。

 昔は治療師ギルドで働いていたといっていたから、そこでの経験によるものなのかもしれない。

 

「なるほど。若いのに相当な修羅場を潜ってきてるんでしょうね」

「単純な戦闘能力以外で強いと思ったのは初めて。バックルームでの戦いで面白い子だと思ってなんとなく誘いを受けたけど、今ではパーティを組んで良かったと思ってる」


 普段全く喋らないアルナさんが、饒舌になって語っていることにも驚きがあるけど……。

 ピカイチの実力を持っているアルナさんに、ここまで言わせるジェイドさんへの驚きの方が強い。

 もしかしたら、私はとんでもないパーティの穴埋めに入ってしまったのではないのだろうか。


「……お二人の足を引っ張らないように、私も頑張らないといけないですね」

「ん。ロザリーも実力はあるから期待してる」


 そこで会話は終わり、また植物採取に取り組む。

 私も植物採取はあまりやったことなかったため、作業ペースは遅かったが数時間ほどで、合計15本の薬草と魔力草の採取を行うことが出来たのだった。


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