第三百四十二話 再出発


 皇国の都に辿り着いてから、丁度一週間が経過した。

 いよいよ今日、都を発って魔王の領土へと足を踏み入れる。


 マグヌス茸の採取依頼を終えてからは、ひたすらに魔力草を生成してはギルドで買い取ってもらい、短い期間ではあったが結構なお金を貯めることができた。

 ディオンさんもスマッシュさんも、一週間で心身ともにリフレッシュできただろうし万全な状態で魔王の領土を目指せるはず。


「ルイン君、おはようございます。昨日はゆっくりと眠れましたか?」

「ディオンさん、おはようございます。ええ、俺の体調はバッチリですよ! ……スマッシュさんはまだ戻っていないんですか?」


 スマッシュさんも万全な状態で――とは言ってみたはいいものの、結局この一週間俺はスマッシュさんと会うことはなかった。

 ディオンさんはちょくちょく会っていたようだけど、俺は部屋にこもって魔力草生成を行っていたからなぁ。


「別の宿屋を取っているみたいですからね。でも、時間は伝えてありますので、もうそろそろやってくるとは思いま――ほら、噂をすれば来ましたよ」


 ディオンさんが指さした方を見てみると、確かにスマッシュさんがこちらに向かってきていた。

 背中には普段とは違う大きなリュックを背負っており、いつもは適当な身だしなみも綺麗になっている。


「すいやせん。少し遅れちまいやした」

「遅れた内に入りませんし、全然大丈夫です! それよりもリフレッシュできましたか?」

「もちろん! ルインのお陰で久しぶりに羽を伸ばすことができやしたぜ!」

「それなら良かったです。……その背中のリュックはどうしたんですか? 都に来る前まではもっと小さな鞄でしたよね?」

「これは……そのアレですぜ! とにかく行きやしょう! たらたらしてたら魔王の領土につきやせんぜ?」

「あっ、ちょっと待ってください! 一つ寄らなければいけない場所があるんですよ!」


 ズンズンと一人で先に進んで行ったスマッシュさんにそう声を掛けたのだが、俺の言葉なんて聞こえないかのように行ってしまった。

 なんというか、少し態度が変な気がする。

 スマッシュさんの行動や言動に俺が小首を捻っていると、ディオンさんが俺の耳元でこっそりと耳打ちした。


「実は、スマッシュさんもルイン君同様に都で依頼を受けてお金を稼いでいたんですよ。恥ずかしいから黙っていろって口酸っぱく言われていたんですけど、あれだけ不自然な態度を取ったら疑問に感じますよね」

「そうだったんですか。せっかくのリフレッシュ期間でしたのに、俺とスマッシュはお金稼ぎ。ディオンさんは情報集めで……なんというか全然休暇になっていないですね」

「まぁ休める時は休んでいましたし、私もスマッシュさんも体は休めれたと思いますよ」

「それなら良いんですけど……。お二人ともご協力頂いて本当にありがとうございます」

「それは私達のセリフですよ。それでは『遊蛍堂』に行って、本の返却と挨拶をしに行きましょうか」


 全然遊び歩いてくれていて良かったんだけど、スマッシュさんも何かしら動いてくれていたのか。

 この場にいないスマッシュさんにも心から感謝しつつ、俺はディオンさんと共に『遊蛍堂』へと向かった。


 都の入口とは反対側の繁華街の東に位置する『遊蛍堂』。

 恐らく入口で待っているであろうスマッシュさんが少し心配だが、話を聞く前に行ってしまったからな。

 少しだけ待ってもらうとして……俺は引き戸の扉を開けて、お店の中へと入った。


「いらっしゃい。――お、前に来てくれたお客さんではないかい。本を返しに来てくれたのかのう」


 お店を入るなり、俺とディオンさんを出迎えてくれた店主さん。

 今日は店の奥ではなく、帳場に座っていたようだ。


「はい、そうです! この間は本当にありがとうございました! 本も役に立つ情報が載ってまして、お陰様でこれからの旅が楽になりました」

「そうかい、そうかい。役に立ったみたいで良かったよ」


 店主のおじいさんは優しい笑顔を見せてそう言ってくれた。

 さてと、お礼に何かを購入したいのだけど……一体何にしようか。


 お店をぐるりと見渡して何か良い商品がないか見てみると、少し気になる商品を見つけた。

 黒く輝く小さな玉。何の玉か分からないけど、俺はなんとなくその玉に惹かれた。


「おじいさん。この黒い玉って何の玉ですか?」

「ん? それはのう、都で有名な画家が持っていたとされる玉じゃよ。儂もよく分からないんじゃが、大層大切に保管していたみたいなんじゃ」

「へー。そんな代物なんですね」


 値段は……金貨一枚か。

 小さな玉一つと考えると高いけど少し気になるし、この黒い玉をお礼も兼ねて購入させてもらおう。


「おじいさん。この玉買わせてもらっていいですか?」

「ん? 儂としてはありがたい限りじゃが、お主はそれでいいのかい? 長年目利きしておるが、有名な画家が大切にしていたというぐらいしか希少価値はないんじゃぞ?」

「ええ。気に入ったので買わせて頂きます。あと、本もありがとうございました」

「こちらこそありがとう。わざわざ店の物まで買ってくれてありがとのう」


 俺とディオンさんは深々と頭を下げ、金貨一枚と本を手渡し、代わりに黒い宝玉を頂いてから店を後にした。

 滞在中に稼いだお陰で全然支払える額だったし、おじいさんも売れて喜んでくれていたから良かった。


 これで――都から何の憂いもなく旅立てるな。

 スマッシュさんも入口で待っているだろうし、早く入口まで向かうとしようか。

 スッキリとした気分で俺達は魔王の領土を目指し、都を発ったのだった。

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