第六十話 狼の再来


 鑑定額を聞いた後、昨日同様にライラとニーナの作った夜ご飯をみんなで食べた。

 先ほど採取したグルタミン草は、4本ともライラに預け、明日の料理に生かして欲しいと伝えてから、就寝の準備を整える。

 こうして二日目も問題なく無事に終了し、三日目の採取に向けて睡眠を取っていたのだが……。


 俺はなんとなくだったが嫌な予感を察知し、目が覚める。


 全身に悪寒が走り、嫌な汗が全身から滲むように垂れてきていた。

 呼吸音を潜め、テントの中から周囲の音を聞くが……たまに木々が擦れる音が聞こえるだけで辺りは静寂。

 バーンも気持ち良さそうに寝ているし、悪い夢でも見たのかと思い立ち、寝直そうとしたその瞬間、微かに聞こえた聞き覚えのある獣の咆哮を、俺は聞き逃さなかった。


 体の芯から震えるような咆哮。

 この凶悪な咆哮を俺の体は記憶していて、冷や汗が一瞬にして滝のように流れ出る。


 間違いない。この咆哮はアングリーウルフのものだ。

 

 口は一瞬で乾き切っていたのだが、俺は反射的に唾を飲み込む動作を行う。

 息は荒れ、頭も次第にパニック状態に陥るが、幸いにも咆哮はまだかなり遠くから聞こえている。

 こちらにも気づいていない可能性もあるし、落ち着けば大丈夫だ。


 俺は心の中で深呼吸をしながら5秒数え、気持ちを落ち着かせるルーティンを行う。

 

 ……3……2……1。ふぅー。ほらっ、落ち着いた。

 冷静になったところで、俺はまずバーンを起こす。


「バーン。起きてくれ」

「…………ん? ……ルイン? トイレなら一人で行ってくれ。それか、ポルタがテント前で見張ってるからポルタに頼んでくれ」

「トイレじゃない。近くに大型の魔物がいる」


 俺が声を荒げずにそう告げると、目を見開いたバーンは飛び起きた。

 枕元に置かれていた剣を掴むと腰に差し、剣柄に手をかけ、周囲に注意を向ける。


 俺はその間に外で周囲の警戒に当たっているポルタを、一度テント内へと呼び戻した。

 その後、俺自身も鞄から使えそうなアイテム数点を取り出してホルダーにセットし、戦闘準備を整える。

 

 魔物除けとして魔力草に火をつけるかも迷ったのだが、アングリーウルフがまだこちらに気づいていない可能性を考えると、魔力草の強烈な臭いでこちらの居場所が伝わるのは悪手だと考えた。


 魔力草を使うのは、敵にバレてからでも遅くない。

 アングリーウルフには目眩しならぬ、鼻眩しが効くことが前回の戦闘経験で分かっているからな。


「なあ、ルイン。魔物って本当にいるのか? 気配なんか一切感じ取れないんだけど」

「近くって言うと語弊があるかもしれないけど、襲ってくる位置にはいるよ。俺も気のせいかなって思ったんだけど、魔物の咆哮がこの耳ではっきりと聞こえた」

「僕も魔物の鳴き声のようなもの聞こえましたけど……ここはまあ山の中ですし、魔物の一匹や二匹はいると思うと思いますから、聞こえるのは必然と言えば必然な気もしますよ」


 確かにポルタの言う通り、ここは山の中だし魔物の鳴き声の一つや二つは聞こえるだろう。

 ただ……ゴブリンやコボルトのような普通の魔物とは、アングリーウルフは訳が違う。

 前回の経験から分かるが、普通の魔物とは一つレベルの違う速度で動いてくるのだ。


 気づいた時には一瞬で距離を詰められ、逃げ遅れる。

 今回は第六感でたまたま俺の方が早くに見つけることが出来たが、恐らくこの咆哮の聞こえる距離にいるのだとしたら、すぐにこちらの位置もバレるのではないかと俺は思っている。


 ……それにしても、コルネロ山にはこんなにもアングリーウルフっているのか。

 スマッシュさんが言うにはDランクが護衛するには、過剰護衛って言っていたから、Dランクパーティである【白のフェイラー】が、逃げ出すレベルのアングリーウルフが連続して出現するのにはなにか違和感がある。


「ちょっとライラとニーナも起こしてくるよ」

「……分かった。周囲の警戒は俺とポルタに任せてくれ」


 三人でテントを出て、バーンとポルタは周囲の警戒。

 俺は隣のテントへと入って、ライラとニーナの二人を起こしに向かう。


 テント内に入ってから気づいたが……女性二人が寝ているところに、パーティメンバーではない俺が入るのは不味かったのではと頭を過ぎったが、緊急事態にそんなことを言ってる暇はない。

 俺に周囲を警戒する力がないのだから、俺が起こし役に回るのは必然だ。


 ――そう自分に言い聞かせて、俺は寝ている二人を起こす。


「ライラ。ニーナ。ちょっと起きてくれ」

「……ん? ルイン……さんですか?」

「…………くぅ? ……っ!? ルイッ——んぐっ!!」


 ニーナは静かに起きてくれたのだが、ライラは俺を見た瞬間に叫ぼうとした。

 直ぐに俺は叫びかけたライラの口を手で塞ぎ、静かにするようにジェスチャーをする。

 ライラが首を縦に振ったところで、塞いだ手を離し、静かに話しかける。


「近くに魔物が現れたから起こしに来たんだ。逃げることも視野に入れないといけない魔物だから、今すぐに起きて準備をしてほしい」

「えっ……。魔物……? ルインじゃなくて魔物が襲ってきたの……? 分かった。準備をしたらテントの外に出る」

「うん。そうしてくれると助かるよ」


 俺は二人に事情を簡潔に告げてからテントを出て、バーンとポルタのいる付近へと向かうと……先ほどまで乗り気じゃなかったバーンが、既に剣を引き抜き構えていた。

 ポルタも杖を構えて、戦闘準備を整えている様子。

 

「確かにルインの言う通り、ヤバいのがなんかいる。それと、恐らく向こうは既にこっちに気づいてるな。距離はまだあるから早く逃げたい」

「一匹じゃありませんね。複数の鳴き声が聞こえ、なにやら合図を出し合っているように思えます」


 ポルタが額から滝のように流れている汗を拭いながら、冷静にそう言った。

 アングリーウルフが複数匹……?


 【鉄の歯車】が強いことはこの二日間で分かっているが……これはかなり不味い気がしている。

 先ほどまで香辛料で盛り上がり、あれだけ順調に事が進んでいたのに……状況の一転に動揺を隠しきれない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る