第八十二話 ナイフの加工依頼


 翌日。

 昨日、生成したダンベル草を天日干しにしてから、俺は朝の稽古へと向かう。

 今日もまた、ランニングしている王国騎士団のお姉さんを流し見しながら、三時間ほど剣を振ることに没頭した。


 毎朝のお決まりとなっている特訓が終わったところで、俺は今日の予定を確認する。

 まずは【断鉄】に行き、アングリーウルフの牙をナイフにしてもらうお願いをすること。

 それから【エルフの涙】で、生成を頼んだ魔力ポーションの受け取りに行き、最後にクライブさんのお店でカレーに使う香辛料の買い出しと、グルタミン草がどう言う評価となったのかを聞きに行く。


 これが今日やるべき予定だな。

 かなりキツキツなスケジュールではあるのだが、今日でやることを全て済ませて、明日からダンベル草の摂取と剣の特訓だけをやっていればいい環境を整えたい。

 次の採取クエストまでの約一ヵ月間は、自分を鍛えるためだけに費やす。


 年間でのスケジュールも恐らく、一ヵ月に一回だけ【鉄の歯車】さん達と採取クエストを行って、次の採取クエストまでは宿に引き籠って特訓の日々……みたいなスケジュールになると思う。

 最弱の俺が最短で強くなるためには、これぐらいの特訓の日々を過ごさないと駄目だからな。


 ある程度のスケジュール確認を終えたところで時間もないため、早速アングリーウルフの牙を持って、『断鉄』へと向かう。

 そう言えば、ナイフに加工するのってどれくらいのお金がかかるのだろうか。


 素材なしの状態で、鋼のナイフとライトメタルのプレートで金貨10枚だったから、そこまでお金はかからないと俺は予想しているのだけど……。

 あまりにも高額だったら、次の採取クエストを終えて纏まったお金が入ってから、また改めてお願いしに来ればでいいか。


 そんなことを考えながら、俺は『断鉄』へと辿りついた。

 扉を押して中へと入ると、相変わらず熱気と鉄特有の血のような臭いが俺の鼻をつく。

 今日もカウンターにはダンテツさんの姿は見えず、お店の奥からテンポ良く甲高い鉄を打つ音が聞こえてきている。

 

 今日は前回のようにいきなり商品を物色するなんてことはせず、大きな声を出してダンテツさんを呼ぶ。

 

「ダンテツさーん!! いますかー? 買いものに来ましたー!!」


 鉄を打つ音に負けないように大声を張り上げると、奥から小気味良く聞こえていた鉄を打つ音がピタッと止まった。

 そして、音が止まったと同時にドタドタとこっちに走ってくる足音が聞こえてくる。


「おうっ!ルインじゃねぇか!! 今日はどうしたんだ!武器のメンテナンスか!?」


 俺がダンテツさんを呼んだ声よりも、一回りも大きい声で俺を歓迎してくれたダンテツさん。

 声の大きさに頭がガンガンとするが、こうして手放しで来訪を喜んでくれるのは、『エルフの涙』と言いやはり嬉しいな。


「いえ。今日はとある素材をナイフに加工してもらいたくて来たんですけど、そう言う依頼って受けてくれたりしますか?」

「おっ! 鍛冶依頼ってことか!! もちろん引き受けてるぜ! オーダーメイドってことで値段は張るが素材があるってんなら、多少安く作れると思うぜ!!」

「本当ですか! それなら是非お願いしたいです!」


 俺はそう言ってから、鞄からアングリーウルフの牙を取り出し、ダンテツさんへ見せる。

 アングリーウルフの鋭く長い牙を見たダンテツさんは、じっくりと眺めてから少し難しそうな顔をした。


「んんッ!! 魔物の牙か……。うーむ。こいつぁ、ちょっと難しいな」

「難しいんですか? てっきり鉱石よりかは楽に出来ると思っていたんですが」

「牙の場合は全て手で磨いていかないといけねぇからなぁ。下手に槌で打っちまうと駄目になる可能性が高いんだよ!」

「なるほど……。それじゃ加工代は高くなってしまったりするんですかね?」

「そうだな。このサイズだと……金貨5枚ってところだな!」


 うぅ……予想以上に値が張るな。

 現在の手持ちが金貨9枚程だから、ここで金貨5枚使うとかなり懐が寂しくなる。

 次の採取依頼を考えると、今回は頼めそうになさそうだ。


「そうですか……。すいません、俺から持ち込んだんですけど、加工を頼むのは次回でも大丈夫ですか?」

「ん……? お金が足らねぇのか?」

「えっと……。単刀直入に言いますと、そうですね」

「…………なら、金は次回でいいぞ! ルインはアーメッドのダチだからなあ!! 加工はしておくから、金が入ったタイミングで払ってくれりゃいい!」

「えっ、……いいんですか!?」

「おう!! アーメッドのダチなら飛ばねぇだろうし、この牙を見て久しぶりの魔物の素材の加工をやりたくなったからな! 期待して待ってな。最高の出来にしてやるぜ!!」

「ダンテツさん、本当にありがとうございます!」

「ガッハッハ! 良いってもんよ!」


 後払いで加工を受けてくれたダンテツさんに、俺は深々とお礼をする。

 これは本当にありがたい提案をしてもらった。

 次回の採取クエストは、もしかしたらアングリーウルフのナイフを持って行けるかもしれないな。


 もちろん、一番の感謝は引き受けてくれたダンテツさんになのだが、『断鉄』を紹介してくれたアーメッドさんにも感謝しかない。

 いなくなっても尚、俺の手助けをしてくれる【青の同盟】の皆さんの顔を思い出し……早くも会いたくなってきてしまった。


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