第二百六話 後衛の面白さ


 初めてのボスである‟双頭のミノタウロス”を討伐し、『グリーンフォミュ』で旧式の醸造台を購入した翌日。

 今日は十階層を目指しての攻略となる。

 

「おはようございます。アルナさんも今日は大丈夫そうですね」

「ん。ばっちり」

「お、おはようございます。よ、よろしくお願い致します」


 眠気が冴えているからか、いつもより大きなパッチリ目になっているアルナさんと、今日も変わらずオドオドとしているロザリーさん。

 あがり症については昨日の反省会で少し話したのだが、どうやら自分が注目されると分かると動悸が激しくなると言っていた。


 そして、その状態で何かをやらされるとなると、失敗することへの強い恐怖心とその状況を避けようとする回避症状によって、あがり症が発症してしまうらしい。

 自分で原因が分かっているようなのだけど、分かっていても心因的な要素が強いため、どうしようもないのが現状のようだ。


 以前、ダンジョンを潜っていた時はここまで酷いものではなかったし、攻略中は発症していなかったとも言っていたが……。

 どうやらその時に組んでいたパーティで‟何か”があり、その時の事がトラウマとなって酷いあがり症となってしまったと話していた。


 ロザリーさんは口籠ってしまい何があったのかの理由までは聞けていないが、心因ならばミスはしても大丈夫という認識を与えてあげることが出来れば、改善する可能性があると俺は思っている。

 三人パーティだし簡単なことではないが、ミスを犯しても大丈夫なように俺が完璧なサポートをしようと思う。


 そのため今回の攻略からは、通常のフロアでも双ミノ戦で行なったアルナさん、ロザリーさんの前衛二人に、俺一人で後衛を行う陣形で固定し進んでいくことを決めたのだった。



「おー。もう七階層」

「昨日よりもペースが早く攻略出来てますね」

「は、はい。アルナさんがお強いですし、ジェイドさんのサポートのお陰で本当に楽に進めています」

「前衛で働けない分、二人のサポートをするのが俺の仕事ですからね。こちらこそ、二人が安定して強いお陰で楽に進めてます」


 ここまでは三度目ということもあり、この六階層までは過去一番のスピードで到達することが出来た。

 問題はここからなのだが、もちろんのこと昨日倒した‟双頭のミノタウロス”を再び倒さないと先へは進めない。


 苦戦を強いられてしまえば攻略の続行は不可能になるわけで、如何に楽に倒せるようになるかが非常に大事になってくる。

 今回はアルナさんに一人で前衛を行って貰い、基本的に一対一で戦ってもらう予定。

 

 この陣形はアルナさん一人に負担をかけてしまうため、できれば取りたくない陣形だったが、昨日の戦闘を見る限りはこの陣形が一番安定すると思っている。

 寝不足で絶不調でも圧倒していたし、途中で双ミノの矛先がロザリーさんに向かなければ、昨日も圧勝出来ていたからな。


「それではアルナさん。すいませんがよろしくお願いします」

「す、すいません。よ、よろしくお願いします」

「任せて。サクッと倒す」


 腕をくるくる回し、余裕そうな態度で歩いていくアルナさん。

 それから間もなく戦闘が開始され、昨日は少し苦戦した双ミノを言葉通りにあっという間に屠ってしまったのだった。

 

 正直、俺とは桁が違うな。

 戦闘の技術もさることながら、それ以上に場数や経験の差がありすぎる。


 相手がどう動いてくるかや、どう攻撃してくるかの読みの精度。

 イレギュラーが起きた時の対処や、最適な攻撃手段を選ぶ速度が半端ではない。

 隣にいたロザリーさんも、アルナさんの戦いぶりを見てウズウズしていたほどだ。


 それと、俺は剣術を習ってから後衛にいるのがあまり好きではなかったのだが、後ろから見ることで学べることの多さにこの三日間で気が付いた。

 学べるのはアルナさんからだけでなく、ロザリーさんもあがり症のせいで動きに戸惑いが見えるものの、戦闘の技術に関してはアルナさんに負けていないため、この二人から学べることは予想以上にある。


 一歩引いてみる事で学べることや気づけること、そして気づいたことを活かすことで自分のサポートの練度も段々と上がっているのが分かり、後衛が段々と楽しくなってきてるのが俺の大きな心境の変化。


「アルナさん、流石の戦いっぷりでした。昨日以上に圧倒してましたね」

「ん。今日は調子が良い」

「こ、攻略上位のパーティメンバーと比べても遜色ないと思います。私もアルナさんの戦闘を見ていると戦いたくなってくるほどですので!」


 両手をグーにして熱弁しているロザリーさん。

 褒められてアルナさんもまんざらでもなさそうだ。


「でも、それを言うならルイ――。ん。まあいいや。先いこ」

「そ、そうですね。は、八階層からは、また私も前衛でいいんですよね?」

「はい。六階層までと同じように前衛二人体勢でいきましょう。ここから先は低層で燻っている冒険者が減りますので、遭遇する魔物の数がグッと増えます。ここからは気を引き締めていきましょう」


 俺の名前を言いかけた気がして、アルナさんの言いかけた言葉の先が気になったが……。

 気を引き締め直し、俺は八階層への注意喚起を行ってから、下へと続く階段を下りたのであった。


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