第百八十三話 待ち伏せ


 ディオンさんとスマッシュさんとの久しぶりの食事会を終えた、翌日の早朝。

 昨日は久しぶりの会話で盛り上がり、解散が夜遅くとなったためかなり眠い。

 眠気の残る目を擦りながら、俺はベッドから這い出る。

 

 2人がアーメッドさんを連れて来てくれると約束した時間はお昼のため、約束の時間を考えればまだゆっくり寝ていてもいいのだが……。

 正直、アーメッドさんが約束の時間通りに来るとは俺は思えない。

 ディオンさんとスマッシュさんを信用していない訳ではないのだが、アーメッドさんの性格を考えると、どうしても万が一があるのではと勘繰ってしまう。


 そのため俺はこうして早起きをし、万が一に備えて少しでも早めにダンジョン前へと向かうことを、昨日の約束した時から決めていた。

 寝泊りしている宿の名前も一応聞いてあるため、そっちに直接向かってもいいのだが、どれくらいの時間を待つか分からないためダンジョンの方で待とうと思う。


 早速準備を整えて、俺は『ぽんぽこ亭』を後にする。

 まだ人気の少ない朝のメインストリートを早足で進み、寄り道せずにダンジョン前へとやってきた。

 うーん……。流石に【青の同盟】さん達の姿はまだ見えないな。


 周囲を確認して3人がいないことを確かめると、俺はダンジョンモニター前へと向かう。

 ここならば【青の同盟】さん達が来るまでの時間を潰せるし、もしすれ違いになったとしても、モニターで姿を確認することが出来る。

 俺はあくびを噛み殺しながら、『ぽんぽこ亭』で頂いたサンドイッチを頬張り、ただひたすらに3人を待つことに決めたのだった。



 ダンジョンモニターの前で映像を見ながら待機すること、約3時間ほどが経過した。

 じわじわと気温が上がり、その気温の上昇によって俺がお昼を感じ始めた頃。

 背後から映像を見ている俺を呼ぶ声が聞こえた。


「おーいっ!ルイン!! こっちにこーい!」


 その叫ぶ声に反応して後ろを振り返ると、そこには【青の同盟】さん達がいた。

 勿論アーメッドさんの姿もあり、スマッシュさんが急に俺を呼んだことに、目を丸くさせて驚いている様子。

 時間は正午よりも随分と早かったため、やはり早めにきて正解だったようだ。


「スマッシュさん、ディオンさん、それからアーメッドさんっ! 来るのをお待ちしてました!」

「ルイン、わりぃですぜ。エリザが何か勘づいたのか、到着が随分と早まっちまったでやす」

「大丈夫ですよ。自分もなんかそんな気がしてましたので、こうして予定時刻よりも早く来てましたから!」

「ふふっ。流石ルイン君ですね。私達よりもアーメッドさんのことを知り尽くしています」


 二人の頭部には、昨日まではなかった複数の腫れが確認でき、ゲンコツを貰いながらも粘ってくれたのが見受けられる。

 そんな二人に心の中で感謝しつつ、俺はアーメッドさんに一歩近づくと、近づいた俺と連動するように一歩後退したアーメッドさん。


「エリザ、逃げちゃ駄目ですぜ。ルインが折角来てくれたんです。しっかり話しやしょう」

「そうですよ。なんで避けてるのか分かりませんが、ここまで来たら観念するしかないですね」

「お、お前ら……。お、俺を騙したな!」


 アーメッドさんの視線が隣の二人に向いた瞬間に、俺は一気に距離を詰めて正面へと立つ。

 俺が正面に立ったことに気が付いたアーメッドさんが、オドオドとした表情を見せたが、俺はそんな表情には構わず話しかける。


「アーメッドさん、お久しぶりです! グレゼスタで別れてから、元気にしていましたか?」

「あ、ああ……。まあ、元気にはやっていた」


 目線を逸らしながらも、俺の言葉に返事をしてくれたアーメッドさん。

 髪が伸びているせいか、別れたときよりも何処か大人びた雰囲気を感じていたが、こうして話してみると何も変わっていないように感じる。

 そのお陰でしっかりと脳がアーメッドさんと認識でき、つい俺の顔が綻んでしまうな。


「それでしたら良かったです。こうしてアーメッドさんの元気な姿を見れただけでも、こうしてランダウストに来た甲斐がありました!」

「……む、むむ。まあ、ルインも元気そうで良かったぞ」

「そうですね! アーメッドさんと別れてから色々とありましたが、俺も元気にやってましたよ!」

「……なんか随分と嬉しそうだな」

「そりゃあ、アーメッドさんは命の恩人で大事な人ですから! 久しぶりにこうして会話出来て嬉しいですよ! それに昨日はすぐに何処かへ行ってしまったので、もしかしたら嫌われているのかとも――」

「嫌っては!!……ぃないぞ。決してな。……そこは心配しなくていい」


 俺の話を食い気味で遮るように否定してくれたアーメッドさん。

 この様子からして本当に嫌って逃げた訳ではないようで、心の底からホッとする。


「それなら本当に良かったです! 嫌われていないのであれば、アーメッドさんとは色々と話したいことがありましたので!」

「……そうか」

 

 俯いて消え入りそうな声で、小さくそう呟いたアーメッドさん。

 何か癪に障ることを言ったかなと思ったが、俯いているアーメッドさんの口角が上がっていることに俺は気が付く。

 アーメッドさんはすぐに表情を戻して顔を上げ、またそっぽを向いてしまったが、表情や言動の節々から嫌われていないどころか、俺が変わらず大事に思われていることが伝わった。


「それと……俺は話がしたいがためだけに、このランダウストに来た訳じゃないんです」

「話がしたいだけじゃない? ルイン、それはどういう意味なんだ?」

「実は俺……。【青の同盟】に入れてもらうために、このランダウストまで来たんです! アーメッドさんと別れ際にした、あの約束を果たしに来ました!」


 俺は意を決し、アーメッドさんに【青の同盟】に入れてもらうためにこの街に来たことを伝える。

 本当は場所を変えて少し話をしてからこの事を切り出そうとしたのだが、アーメッドさんの様子を見たら、居ても立ってもいれなくなってしまったのだ。


 ただ、スマッシュさんとディオンさんからの歓迎。

 今日のアーメッドさんの嬉しそうな表情や言動。

 そして大事に使ってくれている、俺がプレゼントした髪留め。


 それらを実際に見て肌で感じた俺は、この場で伝えても絶対に受け入れてくれる。

 そう確信して、パーティの参加希望を伝えたのだが……。


「すまないな、ルイン。それはまだ出来ないことだ」

「………………え?」


 俺が見慣れた真顔へと変わったアーメッドさんから返ってきたその言葉に、俺は言葉を失ってしまった。


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