第百六十八話 圧勝劇
※『ラウダンジョン者』の記者のおじさん視点です。
少年とオーガとの距離は徐々に近づいていき、とうとうオーガの視線が少年を捉えたのが分かった。
ゆっくりと近づくオーガに、少年は驚いた様子を見せつつも剣を構えている。
「おお! やるじゃねぇか、あの少年! オーガ相手に逃げずに剣を構えているぞ!」
「確かに……。大抵の冒険者は逃げ惑った挙句に殺されるからな。これはひょっとしたらひょっとするんじゃねぇか!?」
「――いや、ありえねぇな。この少年はオーガの脅威を知らないから、剣を構えられてるだけだ。ソロでダンジョンに潜ってんだぞ? 只の馬鹿か、ハチャメチャに強いかの二択な訳で、この少年が後者だと思うのか?」
少年によるジャイアントキリングを期待し、観客全体がワッと盛り上がった空気に、俺の聞きなれた声が冷や水をぶっかけるような発言をした。
姿を見なくても分かる。
こいつは俺の同業者であり、業界一の売り上げを誇っている『ダンジョンペンデント社』のエース記者の声。
確かにこいつの言う通り。
冷静になって考えれば、このエース記者の発言に反論の余地はないのだが……俺は剣を構えた少年の方がオーガよりも大きく見えている。
助かって欲しいという願望が、俺にそう見せているだけなのかもしれないが、記者としての勘と冒険者だった頃の俺の勘が間違っていないと告げている。
向かい合ったオーガと少年が互いに剣を構えて、見つめ合ったその瞬間。
先に動き出したのは少年の方からだった。
「うおおおい! オーガ相手に何仕掛けてんだ!」
「こりゃあ、一発で吹っ飛ばされるぞ」
観客からは悲痛な叫びが上がるが、そんな周囲の予想とは裏腹に少年の動きは熟練したものだった。
あっという間にオーガの懐へと潜り込むと、俺からすれば考えられないような小さな振りで斬りかかる少年。
モニターに映る映像が小さく、どんな戦闘が行われているかは鮮明に見えないが、あの振りでは筋肉の鎧を纏ったオーガは切り裂けない。
俺を含めた全員がそう思っていたのだが……映像でも認識できるほどの鮮血が舞った。
少年がカウンターを食らったのでは――俺はそう思ったのだが、オーガの方が片腕を押さえて後退している。
…………………………。
これは……もしかしたらもしかする。
「……おい! 少年がオーガと一対一で押してるぞ!」
「そのままやっちまえ! 勝てるぞ!!」
「こりゃあ、朝っぱらから良いもんが見れたっ!」
少年の一撃によって後退したオーガを見て、観客も一気に湧き立った。
俺も握る拳の力が無意識に強くなる。
オーガは斬られた手とは反対の手に棍棒を持ち変えると、少年目掛けて襲いかかった。
先手を上手く決めたことによって、不利な立場からトントンくらいにまでは持って行けたはず。
あとは如何にこのオーガの強力な攻撃を耐えきれるか……なのだが、オーガに一撃を浴びせられた少年ならばこの攻撃にも耐えきれるはずだ。
俺も野次馬である観客に混じって、映像に大声で檄を飛ばす。
オーガの一撃は避けろ。攻撃を防ぎきれば勝機が見える。距離を取って躱すことに専念しろ。
俺の声も混じった野次馬の声が、聞こえるはずもない少年に指示を飛ばしたのだが……またしても少年は、こっちの思いとは裏腹に攻撃を避けようともせず、その場に立ち尽くしている。
オーガが振り上げた棍棒を見て、飄々とした様子で武器を構えると——一閃。
棍棒を振り下ろしたオーガは、そのまま前のめりに地面へと倒れ、灰となって消えた。
…………………………。
ダンジョンモニター前は誰も言葉を発せず、静寂で静まり返った。
映像に一人残った少年を見て、ようやく何が起こったのかを理解した観客達が、少年の戦いっぷりにワッと歓声を上げる。
俺も全身がビショビショになるくらい汗が吹き出しており、筋肉痛になるかと思うくらい全身を強張らせてしまっている。
終わってみればA級冒険者のような鮮やかな立ち回りで、オーガを物ともせずに屠った少年。
オーガの残骸を見て、特に喜んだりしている様子も見受けられないため、エース記者の言葉を借りるのならば、少年はハチャメチャに強かったからソロで潜ったということなのだろう。
未だに全身が震えていて、【青の同盟】の快進撃を見た時よりも俺の心は揺さぶられた。
……【青の同盟】の時は取り逃がしたが、今度こそは絶対に独占取材権を手に入れてやる。
少年が近い内にランダウストで名を馳せる冒険者となると踏んだ俺は、密かに心の中でそう決めた。
ちらりと横を見ると、『ダンジョンペンデント社』のエース記者も何かを確信したかのようにニヤリと笑うと、冒険者ギルドへと歩いて行くのが見えた。
恐らくあいつも少年に対しての独占取材権を狙っている。
俺はエース記者の表情から直感でそう感じた。
これはどっちが取材権を得られるかの勝負になるな。
俺は尚更、昨日情報を出来るだけ教えて、少年に恩を売っておくべきだったと後悔しながらも、一度会社へと戻って大型契約を結べるように、社長に相談しに行くことを決めて歩を進めたのだった。
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