第七十話 おばあさんへの質問


「お待たせ。査定が終わったよ」

「ありがとうございます!」


 俺はイミュニティ草の並べられた棚から離れ、カウンターへと戻る。

 カウンターにはこの間と同様に、俺が持ってきた植物が値段によって細かく分けられていて、小さな紙には査定額が書かれていた。


「これが今回の査定額だよ。この間と同様に高品質な物が多いねぇ。中品質な物も分けられていて査定しやすかったよ。これは本当に助かる」


 俺は査定額の書かれた紙を受け取り、金額を確認してみると買取金額は丁度金貨3枚だった。

 上薬草とオール草は中品質も出していたのだが、予想以上に高く買い取って貰えている。

 もちろん高品質と比べると値段は安いのだが、それでも十分すぎるほどの値段だな。


「あの……こんなに高くてもいいんでしょうか?」

「いや、前回も同じくらいの値段だったろう?」

「そうですが……。何度見ても驚く買取額ですので」

「こちらとしてはこの値段で売ってくれるなら、願ったり叶ったりの値段だからね。売ってくれるとワタシはありがたいよ」

「それじゃ是非、この値段での買取お願い致します!」


 優しい表情で笑っているおばあさんに、俺は深々と頭を下げてお礼を伝えた。

 金貨3枚は本当に大きいな。これで魔力ポーションをケチらずに買うことができる。


「はい、取引成立だね。またよろしく頼むよ」

「ありがとうございました! ……それと、別件で買いたいものがあるんですが、大丈夫ですか?」

「買いたい物? 別に構わないけど、特別に安く提供するとかは出来ないけど、大丈夫かい?」

「もちろん定価で買わせて頂きます! 低級魔力ポーションが欲しいのですが、売って頂けますか?」

「ほほう。魔力ポーションかい。勿論大丈夫だよ。持ってくるから少し待ってくれ。何本欲しいんだい?」

「えーっと、とりあえず3本お願いします!」

「分かった。3本だね」


 おばあさんはすぐにカウンター後ろの棚から、青色の魔力ポーションを3本取り出すと、俺の目の前へと置いた。

 やはり低級魔力ポーションと言うだけあって、先ほどの最上級魔力ポーションと比べて輝きは一切ない。

 

「これが低級魔力ポーションだよ。1本当たり銀貨4枚と割高だけど大丈夫かい?」


 うーん、やっぱり高いな……。

 市場価格だと、低級魔力ポーションは銀貨2枚だから、倍の値段がしている計算になる。


 市場のものとなにが違うのか分からないけど、このおばあさんが作っているのだからなにか秘密はありそうだ。

 少し渋りかけるが、断りの言葉を飲み込み、俺は購入をお願いした。


「はい、大丈夫です! こちら金貨1枚と銀貨2枚です」

「確かに金貨1枚と銀貨2枚貰ったよ。まいどあり」


 俺は買った低級魔力ポーションをホルダーへと大事にしまいこんだ。

 ……これで魔力量に変化がなかったらちょっと残念だな。

 1本だけ買うのはなんか申し訳なくて、つい3本って言ってしまった。


「それじゃいつでも買取はするからね。また来てくれると——」

「あ、あの! 実はまだ質問があるんですけどいいですか?」

「ん? また質問かい? 大丈夫だが……ワタシの知っていることしか答えられんよ?」


 おばあさんの締めの言葉に割り込んで、俺は質問の許可を貰った。

 少し強引だったが、おばあさんには聞いておきたいことがいくつかある。


「実は……苦い物を打ち消すものを探しているんですけど、なにか知っていたりしますかね?」

「苦い物? 苦い食べ物を食べれる方法ってことかい?」

「そうです! 苦いものを食べれるようにしたいんです」

「こりゃまた変な質問だねぇ。うーん……そんな物はたしてあったかな」


 顎に手を当てて、真剣に考えてくれているおばあさん。

 これが見つかれば万々歳なのだが、はたして知っているだろうか。


「……うーん。すまないが、苦さを打ち消す植物ってのは思い当たらないねぇ」


 やっぱりないのか……。

 おばあさんでも知らないということは、この世に存在しない可能性が極めて高くなってしまった。


「ただ、もしかしたらだけど、‟辛さ”なら打ち勝てるかもしれないね。複数の香辛料を使った料理があるって言うのを聞いたことがあった気がする。その料理を探して入れてみるってのはどうだい?」

「‟辛さ”ですか。それと、複数の香辛料を使った料理……ですね。ありがとうございます! その料理を探してみます!」


 香辛料を複数使った料理。

 これはもしかしたら、ライラやニーナが知っている可能性がある。

 香辛料を取り扱っているお店も紹介してもらう予定だし、そこで聞けばなにかしら分かりそうな予感。


「曖昧な回答で悪いね。……まあ一番はポーションにしてしまうって言うのが楽なんだけどね。ルインの言う苦みの食べ物ってのが分からないから、香辛料の料理を教えさせてもらったが、魔力草ぐらいの苦みで植物ならば、上手く調合すれば苦みを打ち消せるからね」

「ポーションですか……。ポーションって誰でも作れるんでしょうか?」

「誰でもは無理だが、ちゃんと製法さえ知っていれば作れるようになるよ。……ルインならワタシの弟子にして、ポーションの作り方を教えてあげるが……弟子になるかい?」


 少し冗談っぽくそう言ってきたおばあさん。

 おばあさんの弟子か……。


 一緒にポーションを作ったり、植物を鑑定したり、買い取った植物を売ったり。

 想像するだけで非常に面白そうだし楽しそうだけど……。

 これもアーメッドさんと出会う前だったら、引き受けていたなぁ。


「おばあさん、すいません。弟子になってポーション作りを学びたいところ山々なんですが、今は……ちょっと難しそうです」

「……そうかい。それは残念だねぇ。――本当に」

「実は俺、とある人と色々な世界を見て回りたいって夢がありまして。その夢が実現した後、おばあさんの気が変わっていなければ弟子にして貰ってもいいですか?」

「くっくっく。そりゃ何年後の話だい? まあ、ワタシが死んでなかったら弟子にしてあげてもいいかもね」


 おばあさんに釣られるように俺も笑う。

 アーメッドさんに肩を並べるくらい強くなって世界を見て回ったあと、『エルフの涙』でおばあさんの弟子となって、のんびりと一緒にポーションを作る日々を過ごす。

 そんな楽しそうな将来の夢を膨らませながら、俺はしばらくおばあさんと談笑をした。



「ありゃ、もうこんな時間かい」

「すいません。また長話をしてしまいました」


 気づけば夕方で、日が落ち始めている。

 これから『ビーハウス』へ行かないといけないし、今日はここら辺でお暇させてもらおうか。


「それじゃ、時間も時間ですので帰りますね! 今日も色々とありがとうございました!」


 俺が別れの挨拶をし、出口に向かって歩き出そうとしたとき、おばあさんからまさかの待ったがかかった。


「ルイン。最後に一ついいかい? 完全に伝え忘れていたんだが、治療師ギルドについて教えるのを忘れていたよ」

「治療師ギルドですか……?」


 治療師ギルド?

 クビにされてから、俺は完全に関わらないようにしていたし、その後のことは全然耳に入っていないのだが……なにかあったのだろうか。


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