第百七十二話 激闘を見据え


 最後までボロボロになりながらも、一人レッサードラゴンに立ち向かい剣を振っていたロジャーだったが、尻尾による薙ぎ払いを食らい、魔物と同じように灰となって消えたところで映像が暗転した。

 大多数の観客はワーウィックが倒れ、【銀の風鈴】が劣勢になった時にモニター前から離れていったのだが、俺と同じように最後まで見続けていた観客達は、頭を抱えながら深いため息を吐いていた。


 俺はこの【銀の風鈴】を今日初めて見たわけで、何の思い入れもないのだが……一人、また一人と倒れていき、パーティが瓦解していく姿は同じ冒険者として見ていて心にくるものがあった。

 周りの観客同様、俺も深いため息を吐いてからモニター前を離れる。

 

 俺もつい最近、トロールの異種であるヴェノムという強敵と対峙していただけに、より【銀の風鈴】の境遇を自分と重ね合わせてしまった。

 ヴェノム戦ではたまたま俺に軍配が上がったが、少しでも状況が違えば、【銀の風鈴】のように全滅させられていたのは俺達だった。


 記憶が薄まっていたヴェノムとの激戦を鮮明に思い出し、もう一度気を引き締めないといけないと悟る。

 新たな街、そしてダンジョン周辺のお祭りのような賑わいに、気持ちが少し緩んでいた俺には気を引き締め直すいい機会だった。

 

 映像で見る限り、あのレッサードラゴンは確実にヴェノムよりも強かったしな。

 ダンジョンを攻略するには、もっともっと自身のレベルアップが必要。


 本格的に【プラントマスター】でのレベルアップを図るためにも、明日は薬屋や雑貨屋に行って、この街で売っている植物の確認もしよう。

 初心に立ち返り、自分に出来る事からやっていこうと決め、ふと気が付くと俺は『ぽんぽこ亭』まで戻ってきていた。


 色々と思うことがありすぎて、考え事をしながら歩いていたら、宿屋まで無意識の内に戻ってきてしまったようだ。

 【青の同盟】さん達の動向確認を完璧に忘れてしまったが……まあ、明日でいいだろう。

 流石に、すぐにダンジョン外へと出てくるなんてことはないだろうからな。


「おかえりなさい。今日は随分と遅かったんですね」

「すいません。もしかして待たせてしまってましたか?」


 『ぽんぽこ亭』に入ると、受付でルースの母親である店主さんが、笑顔で出迎えてくれていた。

 もしかしたら俺の戻りが遅れたせいで、戸締り等が出来ずにいたのかもしれない。

 笑顔では出迎えてくれているが、これは申し訳ないことをしてしまった。


「いえいえ、そんなことないですよ。受付で帳簿をつけていただけですので。……それでルインさん、ご飯はどう致しますか? できたてではないのですが、一応ご準備はしておりますが」

「あー……、じゃあ折角なので頂いてもよろしいですか?」

「もちろんです。それではすぐにお運びしますので、お部屋でお待ちください」


 一瞬、迷惑だろうし断ろうとも頭を過ぎったのだが、準備していてくれたものを断る方が駄目だと思い、俺は夜ご飯を頂くことを告げた。

 どちらにせよ迷惑なのは変わりないし、ご飯を用意してもらってる時は時間にだけは気をつけなくてはいけないな。


 どうしてもボロ宿で自由にしていた時の感覚が抜けずに、帰宅に関しての時間がルーズになってしまっている。

 いっそのこと、二食付きの食事を断るってのも一つの方法なのだが、『ぽんぽこ亭』の食事は美味しいからなぁ。


 現在の宿泊予定である一週間だけは用意してもらって、追加で宿泊を決めたら断るって方針でいいかもしれない。

 ここは宿屋だけでなく一階にある食堂スペースを活用して、食事処としてもお店をやっているから、食べたくなったら別途でお金を払って食べることも可能だしね。

 

 そんなことを考えながら部屋まで戻り、ダンジョンでの疲れを取るように休んでいると、すぐにドアが叩かれ店主さんがご飯を持ってきてくれた。

 俺はお礼を伝えてから受け取り、ペコペコのお腹にかきこむようにご飯を食していく。

 先ほど言っていた通り、できたてではないため冷えてはいるのだが、冷たくても味が落ちているということはなく、あっという間に食べ終えてしまう程美味しかった。


 満腹になったのと今日も色々なことがあったせいで、猛烈に眠気が襲ってきているのだが、今日はまだ眠ることは出来ない。

 昨日、熟読した『一冊で分かるランダウストのダンジョン』をもう一度、頭に叩き込み直し、今日ダンジョンで感じたことと映像で見た戦闘についてを文字に起こす。

 

 ある程度の復習を終えたところで、本日最後の作業である植物生成へと移る。

 今日、生成する植物はダンベル草は確定として、後はエンジェル草とリンリン草、そしてクラーレの葉と、状態異常を付与させる効果のある植物をメインで生成していく。

 万が一の備えとして一番重要なのは、状態異常を付与できるポーションだと俺は考えていた。


 特にヴェノムに使用した劇薬。

 醸造台がないとポーションは生成できないが、スライム瓶に入れることで劇薬もどきは生成できるため、俺は生成した植物をスライム瓶に詰めていく。

 

 ポーション生成のために『エルフの涙』にあったような、醸造台の購入を検討したいんだけど、醸造台は値段が高い上にスペースを取るからな。

 生成するときの臭いもかなりキツいし、宿屋に泊っている間は購入することは不可能だと思う。

 一枚一枚、スライム瓶に詰めていく作業を、眠気をかみ殺しながら行い全ての作業を終えてから、俺はようやくベッドに横になったのだった。

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