第四十一話 終わりの始まり
※治療師ギルド長ブランドン視点です。
王都での弁明を終えてから、明日で一週間経つ。
王族用に納品したポーションの失態さえ、俺が上手いこと収めればなんとかなると自信を持っていたのだが、俺が王都へ出発してから今日まで、新ポーション失敗の原因は結局分からず終い。
挙句の果てには、新ポーション製作に当たっている治療師共が、もう新ポーションを作るのは無理とまで言ってきやがった!
「くっそっ!クッソ! ……クソがああああああ!」
この一週間で数えきれないほど何度も叩いたせいで、傷だらけとなった机が今日も無機質な音を響かせる。
それでもイライラが収まらず、頭が痒くなり搔きむしるが余計に痒くなるだけで一向に気持ちは晴れない。
どいつもこいつも……俺がどんな気持ちで、王族相手の失敗をフォローしたと思っていやがるんだっ!!
トドメに机を蹴り上げるが、机のカドに脛をぶつけ強烈な痛みが襲ってくる。
痛みでイライラし、どうしようもない現実にイライラし、血管が爆発しそうになる。
ッチ!! こういうときにルインがいれば発散できるのだが、どこまでも使えないやつだ!
いつも泣きそうな顔をしていた平民のクビにされた顔を思い出しては少し落ち着き、俺はかなり前に入れたヌルくなった紅茶を口へと運ぶ。
瞬間、またしてもギルド長室の扉が強く叩かれた。
何度も何度も強く叩くなと教えてきたのに……。
本当に脳みそが入っているのか?
そういう小さなことに対してもイラつくが……中へと通す。
「入っていいぞ。……おいっ、俺は何度も扉は強く——」
「ギルド長、大変なんです!! 先ほどっ、【アカイリュウセン】から連絡がありまして! 今月いっぱいで、うちとの契約を切らせてもらうと言われたんですっ!!」
「【アカイリュウセン】がぁ!? な、な、なんでだっ!! 今月に入ってから【アルマトーヴ】、【鋼線の守護者】に契約を切られただけでなく、【アカイリュウセン】からもだとっ!? 理由は一体なんだッ!」
「ポーションの質が落ちたから。とだけ伝えられ、そこからはこちらからの連絡を一切拒否されています!」
衝動的に本日何度目となるか分からない机叩きを行い、手がパンパンに腫れあがるも、構わず机を叩き続ける。
どうしてだっ!どうしてだっ! 何がどうなってるんだああアア!!
何度考えても、本当に理由が分からない。
ポーション制作は今まで以上に気を使って行っている。
それどころか、【アルマトーヴ】に契約を切られて以降、赤字覚悟で特薬草に特上薬草を仕入れて、ポーションに使用しているんだぞ!?
それなのに契約を切ってくるだと……?
まるで意味が分からないっ!! まさか……仕入れ先のあの商人が偽物を俺達に売っていた?
一番可能性があるとしたら、それだろ!
「特上薬草をここに卸している商人を呼び出せっ! 今すぐにだっ!」
「い、いや……そんなことしたら、取引相手がいなくなって——」
「いいから、俺の言うことを聞けばいいんだよっ! 何も出来ないこのボンクラ共がッ!」
「は、はいっ! 今すぐに呼んできます!」
渋り出す職員に対し、口汚く指示を飛ばす。
……どいつもこいつも使えない奴しかいない!
貴族の生まれだと言うのに、恥ずかしくないのかっ!
怒りを何処かにぶつけたくなるが、手は痛い、足は痛いで発散の仕様がなく、頭をとにかく掻きむしる。
手にびっしりとついた自分の髪の毛を見て、怒りは治まったが気分は落ち込む。
この抜けている毛の量からして、このままではまずいと思うのだが、次から次から問題が起こり休む暇もない。
そして休みたいと言う俺の気持ちとは裏腹に、再び扉が叩かれた。
俺は少し気の抜けた返事を返すと、ゆっくりと扉が開く。
そこから部屋に入ってきたのは、金髪と白髪が入り混じった髪の毛をしているエルフのばあさん……アイリーン・エヴィレット。
伝説の薬師と謡われた、エルフの生ける伝説。
「エヴィレット……! 何のようだ!!」
「何の用って、お前さんがワタシを呼んだんだろ。ほれ、注文通り薬草300本の納品だよ」
「納品はここじゃない! 受付でやってこい!」
「くっくっく。ワタシにそんな口を利くとは随分と偉くなったもんだね、ブランドン。ワタシは未だにアンタが先代のギルド長を追い出したことを忘れていないからね。今日はそれだけを伝えに来たよ」
終わった人間が俺に対して偉くなっただと?
それに未だにグチグチと過去の事をほじくり返しやがって。
「さっさとその汚い葉っぱを持って、この部屋から出て行けっ!!」
「治療師が薬草を汚い葉っぱねぇ……。それと聞いたよ? くっくっく、新ポーションの生成に失敗し、ポーションの質も落ちとるようだね。その見た目の老化もそれが原因かい?」
「黙れと言ってるだろ! これ以上、何か言ってきたら兵士を呼び、しょっぴいてもらうからな!」
「余裕がない男ってのは嫌だね。せいぜい新ポーションがまた作れるようになるといいねぇ。くっくっく」
婆さんが部屋を出て行ってから、思い切り椅子を蹴り上げる。
なんなんだっ! どいつもこいつも俺を馬鹿にした態度を取りやがって!
俺は王国一の治療師ギルドのギルド長だぞ!!
終わった人間が過去の栄光に縋り、偉そうに講釈垂れてくるのが一番ムカツクんだよ!
「おいっ! 誰かこいっ!」
「――はい! なんでしょうか?」
「なんでしょうかじゃねぇだろ! この部屋には誰も通すなと言ってあっただろうがっ!」
「でも、あの人面会証を持って—―」
「面会証の確認はちゃんとしたのか? ああ?」
「い、いえ。申し訳ございません」
「本当に使えない奴しかいねぇのか……。で、それで! 新ポーションはどうなった! 期限が今日までと分かっているんだろうな?」
その後、ストレス発散も兼ねて連絡係をやらせているギルド職員を叱っていると、そこに別のギルド職員が部屋へと入ってきた。
せっかくちびちびと発散できたストレスが、また一気にぐんぐんと上がっていくのが分かる。
「それでっ! お前は一体何の用なんだ!」
「ギルド長。王族の使いのセバス様と言う方がお見えになっています」
その名前を聞いた瞬間、先ほどまでカンカンに昇っていた全身の血の気が、サーッと引いて行くのが分かった。
王族の使い。
なんとかもう少しだけ日にちを引き延ばして、王都へ行くのを遅れる理由を考えていたのだが、まさか向こうから来るとは思いもしていなかった。
震えが止まらず、全身に悪寒が走っているがなんとか平静を取り繕い、空唾を飲み込む。
頭はフル回転で回避方法を模索しているが、どの案も有効打にはなり得ないことが即座に分かる。
一番有効的である賄賂も、大手クランを引き留めるための特薬草や特上薬草を買うために使ってしまったせいで心もとない。
何の対策も思いつかぬまま、俺は一度大きく深呼吸をし、震える足を動かしセバス様の下へと向かうのだった。
ルインを解雇してから、わずか一月も満たない間に数々の大手冒険者クランには契約を切られ、一般利用の客足も減り続けていた治療師ギルド。
そしてこの王族の使いの訪問が、ブランドンが率いる治療師ギルドの本格的な終わりの始まりであった。
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