第四十二話 もう一つの別れ

※アーメッド視点となります。



 今日はグレゼスタをいよいよ発つ日。

 朝は眠いから嫌いなんだが、今日だけは珍しく勝手に目が覚めちまった。

 

 旅の支度はもう既に終わっているから、やることもねぇんだけど……胸がザワついて落ち着かねぇ。

 街を変えるのは初めてじゃない。

 それどころか、小さい頃は親に連れられて街を転々としていたし、冒険者になってからも一人で色々な街を拠点にした。


 まあ、グレゼスタは俺の人生史上最も長い滞在期間となったのだが……それでも街を離れるのが惜しいなんてこの間までは思わなかった。

 【蒼の宝玉】の連中……まあ、主にレイラと揉めまくり、ギルマスのハゲに追放を受けたときも清々していたくらいなのに。

 

 この気持ち悪い気持ちの原因は分かっている。


 …………ルインだ。

 

 初めて依頼を受け、クエストが終わった辺りから街を出たくねぇなと度々思っていたが、ルインを助け出した辺りからより強く感じるようになっていった。

 そして一緒に過ごしたこの三日間でその気持ちが確信へと変わり、今では気を抜けばパーティに入れることが出来ないかを模索している俺がいる。


 こんなことを考えるのは俺らしくもないし、俺自身でも気持ち悪いのだが、それほどにルインを気に入ってしまったのだ。

 恐らくディオンやスマッシュの野郎たちも俺と同じ考えのはず。

 椅子に腰かけ、重いため息を吐いていると、俺の真後ろから声が聞こえた。


「そんなため息ついて、どうしたんですかい?」

「おいっ、スマッシュ。てめぇ、なに勝手に部屋に入って来てんだよ。……殴らねぇから早く部屋から出て行ってくれ。今は気分じゃねぇんだ」


 俺がそうスマッシュに伝えると、コイツと出会ってから一番驚いたような表情を見せたスマッシュ。

 こいつの表情は人を小馬鹿にしているように見えて、腹が立ってくんだよな。


「どうしたんですかい? いつものエリザならゲンコツで追い返すところですぜ」

「……だから言っただろ。気分じゃねぇんだっての。早く部屋から出て行ってくれ」

「……もしかして、ルインのことですかい?」


 そのことを言い当てられ、体がビクッと反応する。


「やっぱりそうでやしたか。ディオンの奴が言った通り、本当にルインのことで悩んでやしたんですねぇ」

「悩んでねぇって言ってんだろ! 早く出て行けって!」

「そんなに離れるのが嫌なら【青の同盟】に入れちゃいやしょうよ。あっしもルインのことは好きでやすし、ディオンも気に入ってるはずですぜ。ルインも誘えば絶対に入ると思いやすよ?」

「なんで俺から誘わなきゃ行けねぇんだよ! ルインが入りたいって言うんだったら……まあ考えてやらなくもないが、こっちからお願いなんて願い下げだっ!」

「だったら攫うって形でいいと思いやすぜ。それなら、やることがエリザっぽくて合ってやしょう」

「嫌われたらどうすんだよ! 考えて発言しろこのハゲッ!」


 耳元でグダグダうるさいスマッシュにゲンコツを入れる。 

 大人しくしてりゃ、ちょくちょく名前でも呼んできやがって。

 

「――っいってぇ。いつからそんな性格になったんですかい」

「うるせぇ。もういいから行くぞ! まだ早いがおめぇがうっせぇから出発だ」

「……本当に後悔しても、あっしは知らないですぜ」

「次喋ったらゲンコツな」


 

 こうして、予定の時間よりも早いが俺達は出発することとなった。

 案の定、見送りは誰もいねぇが、こっちの方が気楽でいい。


「おいっ! ちんたら歩くな! とっとと出発するんだよ!」

「アーメッドさん、手続きまだなので、ちょっと待ってください」


 門の付近でちんたら手続きをしているディオン。

 もうしばらくは帰ってこねぇんだし、手続きなんてテキトーにやりゃいいのに。

 中々終わらない手続きにイライラしていると、唐突にディオンが声を上げた。


「おっ! 来ました!」


 その声と同時にディオンが指をさした方向を見やると、そこにはこっちに向かって走ってきているルインがいた。

 一瞬、なんでここにいるんだと思考が脳内を駆け巡るが……ちんたらと手続きをしていたのは、ルインを待っていたからだと即座に察した。

 何故かは知らないがルインを見たら目に涙が溜まり、思わず背を向けてしまった。


「ルイン君、お見送りわざわざありがとうございます」

「いえいえ。【青の同盟】さんたちにはお世話になりっぱなしでしたから。間に合って良かったです。あっそれと、これ……つまらないものですが、プレゼントをどうぞ」


 俺の後ろからは、二人が楽しそうにルインからプレゼントを貰っている声が聞こえる。

 俺もプレゼントが欲しいし最後にルインと話したいが、こんな情けない顔はルインに見せることはできない。

 くっそ! 俺の目ぇ、頑張れやっ!

 

 そんなとき、ルインがこっちに近づいてくる足音が聞こえてきた。

 こんな情けない顔見られたら、俺の人生が終わる。

 焦りでパニックになるが……。


「アーメッドさんへのプレゼントは私が渡しておきますから、大丈夫ですよ」

「あ、……あ、ありがとうございます」


 間一髪のところでディオンが止めてくれた。

 おかしい。本当におかしい。

 今までの俺の人生でこんな気持ちになることは一回もなかった。


 親父もお袋も俺が小さいときに死んじまったが、悲しくはなかったし、今までの別れだってそうだ。

 俺の人生で、涙が溢れてくるなんてことは一回もなかった。


 なんで、ここまで俺がルインのことを気に入っているのか俺でも分から……いや、俺自身では流石に分かるな。


 ルインが、俺のことを一人の人として接してくれたからだ。

 化け物として常に扱われてきた俺には……それが素直に嬉しかったし、一緒にいて楽しかった。


 期間だけで言えば、長いとは言えない期間。

 そんな短い期間でも、こんな俺を人として接してくれたルインのことを気に入っちまったんだ。


 自分の中で認めると、もう溢れ出てくる涙を止めることができない。

 ルインとの思い出だけでなく、それまで俺が受けてきた扱いとの比較もしてしまい、余計に心に来る。

 ……一言、そう一言だけ。‟お前も、【青の同盟】に入らないか?”

 この言葉をルインに言えたらどれだけ楽になるか。


「………………いぐぞ」


 これ以上グダグダと考えても仕方がない。

 ルインにはルインの生活があるし、俺の我儘を言うことはできねぇ。


 涙を拭う素振りも見せれないため、グッと唇を噛み締めて涙を止め、視界が悪いが俺は一歩ずつ前へと歩いて行く。

 もうグレゼスタを去る。そう決めたとき、背後でルインの叫び声が聞こえてきた。


「アーメッドさん! 最初の依頼から本当にありがとうございました。なにも出来ない俺に優しくしてくれたお陰で、俺はなんとか生きていける目途が立ったんです。そして……遭難した俺をアーメッドさんが助けてくれたからこそ、今俺は生きてここに立っていれています。……いつか、絶対に強くなって、こ、この恩を返しに行きますので……ぞのどぎはよげれば俺を……【青の同盟】に入れで、ぐだざい」


 ルインの涙声の叫びに、俺の涙腺は完全に崩壊した。

 唇を噛み切るほどの威力で噛み締めるが……とめどなく溢れ出てくる涙を止めることができない。


 一言、一言だけ喋りたいが……ルインの前では俺は絶対に強くいないといけないな。

 言葉は発さず、俺は片手を上げて親指を立てる。

 いつか、いつかルインが強くなり、俺の前に姿を現すことを信じて。




★   ★   ★



「へっへっへ。やっぱり泣いていやしたね。だから、あっしは無理やりにでも連れて行くべきだって言ったでさぁね!」

「う”っせぇ。でめぇだっで泣いでんじゃねぇが!」

「あっしがあんなに感謝されたのは、生まれて初めてのことでやしたから嬉しくてつい」

「な”ら、俺ど変わんね”ぇだろ”うが!」

「でもあっしは、号泣まではしてやせんから」

「それにしても何度も思いますが、ルイン君は本当に良い子でしたね。いつか本当に一緒に旅をしたいものです」


 グレゼスタを離れて、ルインについての会話で盛り上がる。

 スマッシュも泣いているお陰で、イジリが弱く助かったな。


「ディオン、ルインからの俺へのプレゼンドをぐれよ」

「あっ、そういえばみんなでプレゼントを開けてみますか。……これがアーメッドさんのです」


 ディオンから小さな可愛らしい梱包のされたプレゼントを受け取った。 


「それじゃ、あっしから開けますね。…………おっ、手袋ですぜ。それもグリップ付きの上質な手袋でさぁ! このいつも身に着けてるボロ手袋を見て買ってくれたんでやすかね!?」


 プレゼントからよく見られていたと知り、何処か上機嫌のスマッシュ。

 けっ、相変わらず単純な野郎だ。


「それでは次は私が。……これはっ! ディープシャークのやすり!!」


 ディオンのプレゼントからは、なにやら小さな布切れのようなものが出てきた。

 いまいち良さが分からないが、ディオンはぶつぶつと小さい声で解説しながら目が血走っているため、良いものなのだろう。

 けっ、俺には良さは分からねぇな。


「この状態に入ったディオンはもう駄目でさぁね。最後、エリザが開けてくだせぇ」

「……名前、次がらはいづも通りゲンゴツいぐからな」


 スマッシュに警告を入れてから、俺は可愛らしい包装を外す。

 中からは……なんと、ふわっふわの布で出来た可愛らしい赤の髪留めが出てきた。


「……髪留めですかい? あまりイメージないでやすが?」


 口をぽかーんと開けて、ルインからの髪留めを見ているスマッシュとは裏腹に、内心から漏れ出る喜びを隠しきれない。

 この髪留めは一昨日、ディオンのおすすめの店で俺が少しだけ気になった髪留め。

 俺には絶対に似合わないと思ってスルーしたのだが……ルインはそれを見ていたのだろう。

 駄目だっ! 顔が緩むっ!


「……ん? アーメッドさん、何をそんなにニヤニヤしているんですか?」

「あっ、本当ですぜ。不気味な笑顔はこっちが不安になりやすので、やめてくだせぇ!」

「誰が不気味な笑顔だって? ディオン、スマッシュ!」

「い、いや! 私は言って——こっちに来ないでください!」


 ふふっ、……少しだけだが元気を貰ったな。

 俺は長くなっていた後ろ髪を貰った髪留めで止めてから、二人を捕まえるため全力で追っかけ回した。



―――――――――――――――――



ご愛読ありがとうございました。

第四十二話 もう一つの別れ にて第一章が終わりました。


そして書籍、電子書籍版の方がGAノベル様より販売しておりまして、面白いと思ってくださった方や少しでも気になった方は是非ご購入して頂ければ幸いです<(_ _)>ペコ

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