第百六十一話 ドラゴンの肉

 

 『ぽんぽこ亭』の店主さんに七日分の宿代を先払いしたあと、部屋に荷物を置いて、俺は再びメインストリートへと戻ってきた。

 ちなみに宿代は、一泊二食付きで銀貨1枚と銅貨5枚。

 グレゼスタの時に滞在していたボロ宿が、食事なしの素泊まりで一泊銅貨3枚だったことを考えると少し高く感じてしまうが、部屋や設備を考えたらかなり良心的な値段だと思う。


 宿泊場所を無事決めることができたことだし、【青の同盟】さん達の捜索に移りたいと思う。

 アーメッドさんが個性的だから、ランダウストに滞在しているのだとすれば、すぐに見つかると思うんだけどな。


 一先ずの心当たりは一切ないため、メインストリートで聞き込みをするか、冒険者ギルドで聞き込みをして情報を得たいところなのだが……。

 面識の一切ない冒険者ギルドで聞き込みをしたところで、情報は貰えないと思うんだよな。


 グレゼスタでは色々なことがあったからこそ、ギルド長さんから情報を貰えたが、個人情報を教えてくれるかはかなり怪しい。

 だとしたらこのメインストリートで、【青の同盟】さん達が行きそうなお店を回って、聞き込みをするのがベストなはず。

 

 そうと決まれば、早速お店を回ってみようか。

 【青の同盟】さん達が行きそうな場所は複数あって、アーメッドさんは料理屋と武器防具を取り扱う鍛冶屋。

 スマッシュさんは道具屋さんか質屋で、ディオンさんはお洒落な服屋が行きつけのお店のはず。


 これは【青の同盟】さん達が去る直前に、それぞれよく通っていたお店を紹介してもらったことを思い出して挙げたのだが、恐らくランダウストでも似たようなお店に通っていると俺は考えている。

 ということで、まずは料理屋さんから回ってみようかな。

 お腹も空いているし、情報を聞くついでにご飯も済ませてしまおう。



 ……ここが【ヴァースキ】か。

 俺が選んだお店は、ドラゴンの肉を扱った【ヴァースキ】というお店。

 露店のおばさんに珍しい料理を出しているお店がないかと尋ねたところ、この【ヴァースキ】というお店を教えてもらった。


 世にも珍しいドラゴンの肉を取り扱っているお店。

 あのアーメッドさんなら、まず間違いなく食いつくお店だと思って、俺はこのお店を選んだのだ。


 店構えは如何にも普通のお店なのだが、掲げられている看板にドラゴン肉と書かれているため、ここで間違いはなさそう。

 俺は早速、店内に入る。


 お店の中はこぢんまりとしていて、珍しくテーブル席のないカウンター席のみのお店。

 肉を焼くであろう鉄板が、そのカウンター席の一つ一つに備えつけてあった。


「……いらっしゃい。お客さん、予約は取ってるかい?」


 俺に話しかけてきたのは、カウンターの先で肉を捌いている料理長らしき人。

 こっちには一切目も呉れていないため、顔が見えないため感情が分からないな。


「い、いえ。予約はしていないんですけど、予約をしていないと駄目だったりしますかね?」

「……………。ああ、ここは完全予約制なんだ」


 しばらくの沈黙の後、そう返してきた料理長さん。

 声に抑揚がなく愛想がないため、体がビクッとしてしまう。

 

 それにしても完全予約制なのか……。

 ドラゴン肉を食べてみたかったが、店のルールなら仕方がないよな。

 情報だけでも聞けるなら聞いて、別のお店に行こうか。


「そうだったんですね。知らずに来てしまい申し訳ございませんでした」

「…………………。ああ」

「それでなのですが、一つ質問をよろしいでしょうか? ……背が大きくて額に青い布を巻いた女性ってここに来ていませんかね?」


 反応の薄い料理長さんにそう尋ねると、包丁を置いて初めて俺の方に目線を向けた料理長さん。

 この反応的に知っている可能性が高い。

 俺の言った特徴はどこにでもいそうな女性なのだが、アーメッドさんを知っているなら確実にピンとだろうからな。


「…………もちろん知っている。お前はあいつの知り合いなのか?」

「え、えーっと……知り合い……ですかね?」


 アーメッドさんの情報を貰えると、俺が笑顔になったのも束の間。

 料理長さんの声と視線に怒りの感情を強く感じ、思わず動揺してしまう。

 ……アーメッドさんは一体何をしたんだろうか。


「……あれの知り合いならば、お前も出入り禁止だ。早く出て行け」

「えーっと、どうしてでしょうか。いきなり出入り禁止を告げられても困ります」

「……どうしたもこうしたもない。あの女は店の肉を乱雑に喰い散らかした挙句、ツケで払うといって出て行きやがったんだよ。後々金は貰ったがそれ以降、ここは完全予約制に変えるハメにもなった」


 料理長さんの怒りの叫びを聞いて、俺も思わず居心地が悪くなる。

 俺もそんなアーメッドさんの姿が容易に想像できるため、恐らく嘘ではないだろう。

 ……でも変わりないようで、俺からしたら少し嬉しくなるエピソードトークだな。


「……何ニヤニヤしてんだ。……やはり馬鹿にしに来たんだな。……すぐに立ち去らないと兵士を呼ぶぞ」

「すいません! そんなつもりではなかったのですが……。あ、あの、その女性の情報を少しだけでも――」

「……早く出て行かないと兵士を呼ぶぞ。三度目はないからな」


 俺がアーメッドさんの情報でついにやけてしまい、完全に料理長さんの怒りを買ってしまったようだ。

 少し情報だけでも欲しかったが、これは仕方がない。

 とにかくこのランダウストに、まだ【青の同盟】さん達がいるということが分かっただけでも収穫だろう。


「お忙しいところ本当にすいませんでした。それでは失礼します」

「…………」


 俺をジッと睨みつけている料理長さんに、深々と頭を下げてから、俺は【ヴァースキ】を後にした。

 良い匂いがしたし、ドラゴンの肉を食べてみたかったが……流石にしょうがないよなぁ。

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