第十八話 一方の治療師ギルドでは……
※治療師ギルドのギルド長。ブランドン視点となります。
久しぶりの平穏を味わい、優雅にティーブレイクを楽しむ。
ルインをクビにしてから三日が経過した。
ここ五年。国からの要請で小汚い農民を引き取るハメになり、毎日のように顔を見せられていたが、そんなお邪魔虫はもういない。
その事実だけでどれだけ俺の心が安らぐか。
クビを宣告したときのルインの絶望した顔を思い浮かべ、紅茶の香りを楽しみながら、甘いクッキーを口へと運ぶ。
……はぁー、至福のひとときだ。
最近はあの絶望した表情を思い浮かべながら紅茶やワインを楽しむのが俺の日課となっている。
イライラさせられた時間が長かった分、最高のつまみとなるのだ。
うーむ。またもう一度、適当な平民を雇ってボロ雑巾のように扱った挙句、捨てるのもありかもしれん。
「…………ふと思いついたことだが、確かにアリだな。雑用が足らないと現場からも声が漏れていたし、その補填としても使える」
難点はまた平民の顔を見てイライラする日々を送ることになってしまうことだが、その我慢の日々があるからこそ、クビを宣告したときの絶望的な顔が快感に変わると言うもの。
そんな想像を働かせながら俺は気分よく紅茶を味わっていると、ギルド長室の扉が強く叩かれた。
至福のひと時と画期的なアイデアの邪魔をされ、イラっとするが怒りを飲み込み中へと通す。
「入っていいぞ」
合図を出した瞬間に勢いよく扉が開かれ、部屋の扉を叩いていたであろう職員が血相を変えて中へと入ってきた。
「ぶ、ブ、ブランドンさん! 大変ですっ!」
「そんなに慌ててみっともないぞ。仮にも貴族の端くれだろうが……。で、一体どうしたんだ」
邪魔されたことに対するイラつきを小言で返すが、職員の慌てようが収まることはない。
どうやら本当に一大事のようだな。
「勢いよく入ったことは謝罪しますが、い、今はそれどころじゃないんですっ! じっ、実は私たちが王族用に作成し送った新ポーションを服用したところ、副作用が発生し意識不明の重体となってしまったとの連絡が入ったんです!!」
「な、なにぃ!? ど、ど、どういうことだ!! あのポーションは完璧なはずであっただろう!! それが副作用だと!? それに意識不明!?」
つい二ヵ月前、やっとのことで開発に成功した新ポーション。
一ヵ月の実用期間を経て、ようやく国への認可を貰うべく送ったのだが、そのポーションから副作用だと……!?
確かに猛毒を持つ植物から生成したポーションだったが、強い毒を完璧に回復作用へと変えることに成功していた。
レシピ自体が間違っていないことは、一ヵ月の実用期間で分かっているのだ。
そのため、あるとすれば人為的なミスなのだが……今回の新ポーション制作に携わらせたのは、治療師ギルドの中でも指折りの治療師のみ。
唯一、仕分けの作業で関わっていたルインもクビにしているし、今はミスを起こす人物なんていない完璧な人選のはずだ。
……それなのに、一体何故失敗したんだ!
「それだけではなく、試験用で使っていた患者からも副作用が出たと、今朝になって急に多数の問い合わせが来まして!」
「国へ送った新ポーションだけでなく、他の新ポーションからも副作用が出始めている……? なにがどうなっているんだっ! 俺に説明しろっ!!」
怒りのまま目の前の机を叩き、先ほどまで飲んでいたティーカップが地面へと落ち、粉々に割れた。
ほんの数十秒前で感じていた優雅な気分は消し飛び、グツグツと頭に血が昇っていく。
「現場でも原因が一切分からず、原因追及に全力を尽くしています! それよりも対応が追いついておらず、ブランドンさんには王族用に国へ送ったポーションの件の対応に当たってほしくお願いに来たんです!」
「糞っ!糞っ! ……クソガアアアアッ!!」
クソッ! クソッ! 何がどうなってやがる!
何度も何度も机を叩くが、自分の手が痛くなるだけで状況は一切変わらない。
「とりあえず分かった。国へは俺の方で対応に当たるから、動ける治療師全員で原因追究に急ぐよう伝えておけ! 必ず原因を見つけ出せっ!!」
手の痛みで少しだが冷静になり、俺を見て固まっていたギルド職員に指示を出す。
慌てた職員が出て行ったことを確認し、体の力が抜けたようにドスンと椅子に腰を下ろし、思考を巡らせる。
…………大丈夫だ。冷静になれ。
俺が手塩にかけて育てた治療師たちのおかげで、ここ数年でこの治療師ギルドの株は大幅に上がっている。
この治療師ギルドの質は王国一と評判高く、回復ポーションの効能がどこよりも高いと言われ、万能薬の効能はその名の通り万病に効くと市民たちの間では持ち切り。
今回の新ポーションで少しヘマしてしまったが、評判高いこの治療師ギルドが一度の失敗だけで評価が急落することはない。
新ポーションの土台は出来上がっているのだから、完璧な新ポーションを制作しそれを送れば余裕で挽回できる。
……そうと決まれば話は早い。
俺は大金の詰まった菓子折りを持ち、今回の失敗の経緯を説明と名誉挽回するため、直接王都へ向けて出発するまでだ。
不信感を与えぬよう、今回はたまたま起こった事故であり、次の失敗はあり得ないことを告げれば良いだけ。
大丈夫だ。無能は追放し、もうこの治療師ギルドには有能しか残っていないのだから。
そう確信していたブランドンだったが、肝心の新ポーションは二度と完成せず、効果が高いと噂されていたポーションの品質も、既に他のところで作られているポーションと同等レベルまで落ちているとは……この時のブランドンは、まだ知る由もなかった。
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