第三百五十九話 マイナス思考


 ここまでずっと三人で行動していた訳だけど、ここからは一人で動かなくてはいけない。

 かなりの不安を感じつつもここで退くという選択肢はないため、俺は意を決して『トレブフォレスト』に足を踏み入れた。


 これまでと同様に周囲が一気に暗くなり、外からなら見えていた場所も足を踏み入れた瞬間に見えなくなる。

 夜の暗さとも全く違い、自分の腕が届く範囲までならしっかりと見えるのにそれ以上先は一切見えない不思議な暗闇。


 そんな中でも前には進んで行かないといけないため、剣を伸ばして白杖代わりにして前方を確認しつつ俺はゆっくりと先へと進み始めた。

 最低限の帰り道は分かるよう等間隔に小石を置きながら、目ではなく耳や鼻、それから気配を敏感に察知して『トレブフォレスト』を歩き進める。


 常に気を張って風の吹き具合や木々の音を聞き分けながら、道となっている部分を歩くこと約二時間。

 段々とこの暗闇にも体が慣れ始めてきたのか、細かな自然の音や足元の感覚。

 そんな些細な情報から、徐々に森が深くなっていっているのが肌で感じ取れている。


 『トレブフォレスト』のこの特殊な暗闇は人間だけでなく、生物全てに適用されるのか、ここまでの二時間は魔物や動物に襲われることなく進むことができており――この暗闇さえなければ自然豊かで素晴らしい森だと思えるくらい穏やか。

 本当にこの暗ささえ解決できればなぁ……。


 そんなことばかりを考えながら、更に森を進むこと三十分ほど。

 急に前方から、何かの鳴き声のようなものが俺の耳に聞こえてきた。


 進む足を止め、目を瞑ってその鳴き声を発する生物の位置や正体を考えるが、まだ距離自体があるのかいまいち耳で捉えることができない。

 ここまで二時間強をただ道に沿って真っすぐ進んできた訳だが、ここにきてどう動くかの択に迫られる。


 最低限ではあるが道になっている今進んでいる所から逸れて草木の中に突っ込むか、それとも正面から聞こえる何かの鳴き声の方向へ進むかの択。

 生命の葉を探すとなれば、いずれは草木の中に入っていかないといけないのは分かるんだけど……それは今ではない気がする。


 横道に逸れたら目印として置いていた小石も見失いそうだし、戦闘も戦闘で行っておきたいって気持ちもあるからな。

 二人には生命の葉を見つけてきますと宣言はしたけど、別にこの探索で絶対に見つけなくてはいけないというのはない。


 この暗闇をどうにもできないのであれば慣れるしかないため、真っすぐこのまま進んで行こう。

 立ち止まって悩んだ末にそう決めた俺は、何かの鳴き声が聞こえてくるのを無視してその鳴き声のする真正面へと突き進んで行った。


 やはりこの変な鳴き声は正面からしていたみたいで、道に沿って進んで行くにつれて徐々に大きく聞こえてくる。

 明らかに小さな生物の可愛らしい鳴き声ではなく、大型生物の発する腹の底に響くような重低音の鳴き声。


 嫌な予感しかしないものの、まだ何の成果もあげられていない現状としては退く選択肢がないため構わず歩き続ける。

 俺はこの生物の少なさからして、生物全てにこの暗さが適用されていると思っていたが、この鳴き声の発する生物には周囲がちゃんと見えているとかだと……正直、かなり危険な状況。


 可能性としては圧倒的に前者の方が高いのだが、真っ暗闇のせいでネガティブな感情になっているのか最悪のケースばかりを考えてしまうな。

 俺の中では既に超弩級の化け物のような魔物が頭の中で想像されているけど、恐怖心を振り払ってゆっくりではあるが足は止めずに前へと進み続けていく。


 構わず進み続けたことにより、腹の底に響くような鳴き声はもうかなり近い距離で聞こえていて、恐らくだけど距離にして十メートルほどの近さ。

 唯一ありがたいのは鳴き声を発してくれていることで、そのお陰である程度の位置と距離が測れている。


 暗闇でなければもう視界に捉えていると思われる距離に入っているし、俺は一度進む足を止めて白杖代わりに使っていた剣をゆっくりと構えた。

 この鳴いている生き物の目が見えているのであれば、この距離間ならば問答無用で襲ってくるはず――そう思って俺は待ち構えていたのだが……。

 数分待っても攻撃を仕掛ける気配どころか、動く気配すらも一向に感じない。


 何も見えない暗闇のせいでネガティブな発想となり、他の生物は目が見えているのではという思考に陥っていたが、この動かなさを見るに生物全般にこの暗闇は適用されていると断言していいはず。

 目の前の生物が一定の周期で鳴き声を上げているのも、他の生物を寄り付かせないための威嚇行為なのではないかとも思えてきた。


 体格の大きな魔物であることには間違いないけれど、俺と同条件ならば必要以上に警戒することはない。

 俺はここまで足音を立てないように歩いたお陰で気配を探られていないのに対し、こっちは真正面にいる生物の位置と距離まで把握できている。


 ただ、この暗闇で感覚が研ぎ澄まされているのは俺自身もそうだから分かるため、足音を消していてもこれ以上近づいたら勘付かれる可能性が非常に高い。

 この圧倒的に有利な条件のまま戦闘を行うには、まだ気づかれていないこの場所から一気に攻撃を仕掛けること。

 定期的に発せられる鳴き声に紛れさせて大きく深呼吸をし、覚悟を決めた俺は――正面にいる何らかの魔物に襲いかかることを決めたのだった。

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