第百三十三話 ポーション攻勢


 俺の投げた劇薬ポーションが、一直線で紫トロールに向かって飛んでいく。

 何の警戒もしていない紫トロールは軽く大剣を振るうと、俺の投げたポーション瓶を叩き割った。

 空中で瓶が叩き割られたことで、全身にポーションを浴びることとなった紫トロールだったが——特に痛がる様子は見せていない。


 この劇薬のポーションでも効果はないのかと、軽く絶望したのだが……。

 よく見てみると、紫トロールの皮膚が溶けては再生されを繰り返していることに俺は気が付いた。


 ……効いていない訳ではなく、トロール特有の超再生で回復していただけだったってことか?

 だとしたら、【アンチヒール】もこのポーションも効いているということになる。


「ニーナ! このトロールに【アンチヒール】を連続で撃ってほしい!」

「えっ!? 【アンチヒール】ですか? でも……」

「俺を信じてくれ!」

「…………分かりました!」


 後衛で待機しているニーナにそう伝え、俺は次なるアイテムを準備する。

 劇薬ポーションは一本しかないため、次は毒入りスライム瓶を手に取った。

 またもバーンとライラに無理を言って、一時前衛を代わってもらってから、俺はホルダーからスライム瓶を取り出すとそれを紫トロールに投げつける。


「ッチ!またこの瓶かよ……! 何の液体か知らねぇが、俺には効かねぇぞ!」


 再開されたニーナの【アンチヒール】に加えて、俺の毒入りスライム瓶。

 一向に避ける様子は見せていないが、先ほどまでの喜悦は消え去り、若干だがイラついている様子が伺える。


 これは俺の希望的観測かもしれないが、紫トロールがイラついてるのはダメージが蓄積されている証拠だと思う。

 紫トロール自身は本当になにも感じていないのかもしれないけど、体は着実にダメージを負っているはず。

 その自分自身でも気づかない変化が、イラつきとして表れているのではないかと俺は考えた。


「もう遊びは止めだ。チマチマチマチマと面倒くせぇ!」


 俺の全ての毒入りスライム瓶と、ニーナの6度目の【アンチヒール】を食らったところで、イラつきを爆発させた様子でそう言葉を吐き捨てた紫トロール。

 ‟遊びは止め”。

 その言葉がハッタリではないことは、雰囲気を一変させたことから分かるが……恐らく、ここが逆転できる唯一の好機。


 俺は一つのポーションをホルダーから取り出すと、紫トロールに向かって投げつけた。

 このポーションは、クラーレの葉を大量に使って作成した麻痺ポーション。


 異変を感じ始めただろうし避けられることも懸念していたが、劇薬ポーションの時と同じように、イラついた様子でポーション瓶を叩き割った。

 全身に被るように麻痺ポーションを浴びた紫トロール。

 

「………………?」


 麻痺ポーションを浴びても尚、こちらに向かってこようとした紫トロールだったが、なにか違和感を覚えたのか……自身の大剣を握る手を覗き見て、こちらへ向かおうとしていた足を静止させた。

 ポーション攻勢が効いたのか分からないが、俺はその隙に更なるポーションをホルダーから取り出す。


 これは今までのような相手に使うものではなく、自分用に使う最高級ポーション。

 ……そう。ダンベル草をふんだんに使用したストレングスポーションだ。

 

 瓶の蓋を開けたその瞬間、酷い臭いが鼻を突き、思わず顔を歪めてしまう。

 このストレングスポーションは、おばあさんの特殊製法でも苦みを消し去ることのできなかった失敗作なのだが、ダンベル草をふんだんに使用したということもあって、効果は恐らく絶大。

 これから襲ってくるであろう苦みに対し覚悟を決めた俺は、ダンベル草から作ったストレングスポーションを一気に呷る。


 極力味を感じないように直接胃に流し込むように飲んだのだが、胃から逆流しているのではないかと思う程、強烈な臭いと苦みで胃の中の物を全てを吐き出しかける。

 ……だが、絶対に吐き出す訳にはいかない。

 信じられないほどの嘔吐きを押さえ込んで、ダンベルポーションを死ぬ気で体内に戻すと……すぐに体に変化が訪れた。

 

 ポルタがかけてくれる【ブレイブ】の数倍もの力が、全身を駆け巡るこの感覚。

 先ほどまで疲弊し切り、痙攣を起こしていた体と同じとは思えないほどの力が俺の体には漲っている。

 その力を試すべく、握られている鋼の剣を軽く振ったのだが、振った俺自身がビックリするほどの風切り音が周囲に響き渡った。 


 ……こ、これはいけるかもしれない。

 【アンチヒール】とポーション攻勢によって動きを静止させた紫トロールに対し、ダンベル草のポーションによって溢れ出る力を手に入れた俺。


 これは恐らく最初で最後の紫トロールを倒すチャンス。

 俺は絶対にこのチャンスを逃す訳にはいかない。


 ストレングスポーションの効果が切れるまでに、この紫トロールを仕留め切ることが出来れば俺の勝ち。

 逆に……遊びを止めたトロールが、ストレングスポーションの効果が切れるまで、俺の猛攻を防ぐことが出来たら紫トロールの勝ち。


 この長き戦闘の勝敗を決する——最後の攻防が始まった。


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