第二百二十話 危険な魔物
「ここから先は未知の領域ですね。階層の環境は変わりませんが、出現する魔物は少し変化するようですので気を引き締めていきましょう」
「大丈夫。今日は調子がいいから心配いらない」
「それは後ろから見ていて分かってますよ。今回の攻略、俺はほとんど後ろからついていってるだけですからね」
ただ調子がいい時ほど、集中し直さなくてはいけない。
油断が一番の危険を招く行為であることは、自分よりも強い様々な相手と戦ってきた俺だからこそよく知っている。
「私も凄く調子がいいです! いつもは二人の視線やカメラが気になって集中し切れないんですが、今日は魔物やダンジョンのことだけを考えて攻略に望めています! それにいつもこの状態のときは、目の前ばかり気を取られて極端に視野が狭くなるんですけど……今日は全体も見えていますし、冷静な思考を維持できているんですよ! これら全てがジェイドさんの作ってくれたポーションのお陰だと思うんですが、攻略開始と同時に飲んだのにまだ効果も切れてない! このポーション、本当に凄いです! ジェイドさん、ありがとうございます!」
アルナさんの発言から一呼吸おいて、ロザリーさんが酷く興奮した様子で俺の手を掴み、ブンブンと上下に振りまくりながら言葉を捲し立ててきた。
その喜びように一瞬呆気に取られてしまったが、俺は頷いてから笑い返す。
「しっかりと効果が効いたみたいで良かったです。ただ、フォーカス草ポーションは集中力を高めるってだけで、そこまで強いバフではないですからね。ロザリーさんの実力がきちんと発揮できてるだけで、凄いのはロザリーさん自身ですよ!」
「いえ。その実力通りに動くということに散々苦労をしていましたので……。ポーションがなければ変わらずでしたし、やっぱりジェイドさんのお陰です!」
ここまで効果が出て、喜んでくれているのなら、休日返上で開発に勤しんだ甲斐はあったな。
事実、アルナさんだけでなく、ロザリーさんもサポートなしで敵を圧倒出来るようになったことで、パーティの安定感が段違いで増し、アルナさんの負担が大幅に軽減されている。
そして二人ともサポート不要ということで、後衛でサポートに徹している俺はほとんど何もしていない。
フォーカス草ポーションの生成によって、ロザリーさんだけでなく結果的に三人ともにプラスに働いているし、万々歳の結果と言えるな。
「褒め合うのはそこまで。まだ攻略の途中だし先に行こう」
「……確かにそうですね。続きは攻略後の反省会で話し合うとして、とりあえずの今日の目標である十四階層まで行きましょう」
「はい! ジェイドさん、サポートよろしくお願い致します!」
アルナさんの言葉で会話を中断し、セーフエリアを抜けて攻略を再開させる。
今日の攻略目標は、ボス階層前である十四階層。
この調子ならば苦労せずに辿り着けるだろうし、そのままボスに挑んでもいいとまで思ってしまっているが……。
そこの判断は、実際に十四階層に辿り着いてからすればいいか。
ボス戦を変に意識し、道中で力を温存してピンチを招いたら本末転倒だし、この調子を維持したままたどり着けれたらボスに挑むっていうのが、一番気負わないベストな選択。
気の抜けないよう、自分自身に気合いを入れて十一階層へと降りた。
再び前衛二人、後衛一人の陣形を組み直し、十一階層へと降りた俺たちは慎重にフロア内の索敵を始める。
ここからは未知のフロアではあるが、見た限りでは八~九階層とほぼ変わりはない。
確認できている魔物も大体同じで、唯一マジックマンティスと呼ばれる魔物だけがこの十一階層から出現する。
このマジックマンティスは映像や話で聞く限り、戦闘能力に長けているのにもかかわらず補助魔法も使ってくるかなり厄介な魔物なのだが、注意点がそれだけではない。
マジックマンティスを倒した後、一定確率でガムラパラサイトと呼ばれる魔物が体内から現れ襲ってくるのだ。
このガムラパラサイトは戦闘能力自体はほぼ皆無なのだが、倒した相手の体内に寄生しようとし、もし体内に潜り込まれてしまうと高い確率で死に至るというマジックマンティスよりも厄介な魔物。
潜り込まれてからの対策も考えてきてはいるが、できることならば潜り込まれる前に安全に倒したいところ。
「うっ……。前方にマジックマンティスです。どうしますか?」
噂をすればなんとやら。
前方にはロザリーさんの言葉通り、マジックマンティスの姿が見えた。
獲物を探すかのように蠢く触角に、カラフルに光る不気味な複眼。
そして、木でも軽く切ってしまいそうな鋭いカマが、光に反射して輝いて見える。
出現率はそう高くないはずなのだが、下りて早々に会敵してしまったようだ。
幸い、向こうはまだこちらに気づいていないようなので、逃げるという選択肢もあるのだが……。
ここで逃げて、後々嫌なタイミングで接敵してしまうことを考えると、やはりここで倒しておきたい。
「単体のようですし、倒してしまいましょう! ロザリーさんに近接で戦ってもらい、アルナさんがそのロザリーさんを弓で援護しながら周囲も警戒。俺はガムラパラサイトの対処にのみ集中して当たります」
「……分かりました。マジックマンティスの相手は任せてください」
「ん。援護は任せて」
三人で短く合図を交わしてから、ロザリーさんが一気に距離を詰めたことで戦闘が開始された。
先制攻撃は一番最初に動いたロザリーさん――ではなく、アルナさんの弓での射撃。
剣を引き抜き、斬りかかっているロザリーさんの耳元スレスレを通過した弓矢が、マジックマンティスに襲いかかる。
一番柔いであろう腹部を狙った完璧な一射だったのだが、距離があったためか勘付かれ、ギリギリのところでカマによって防がれてしまった。
ただ、その攻撃のお陰でマジックマンティスの懐へと潜り込めたロザリーさんが、超至近距離から攻撃を繰り出していく。
その至近距離からの剣技は如何なる体勢からも正確に振るわれ、カマの節の部分を確実に当てていく。
窮屈そうに振り回されるカマは盾ではじき、その隙に剣での攻撃を差し込む。
マジックマンティスは、そんな完璧な立ち回りを見せているロザリーさんを何としてでも止めなければいけないのだが、目の前のロザリーさんに気を取られすぎると、中距離から目を光らせているアルナさんの弓矢が飛んでくる。
同情してしまいそうなほど八方塞がりなこの状態を、マジックマンティスは打破できる術を持ち合わせていなかったようで、魔法を使う暇すらないまま両のカマを斬り飛ばされてあっさりと地面に伏せた。
新たな魔物との闘いを終えたし、周囲に新たな敵の姿は確認できない。
ここで一息つきたいところだが、警戒しなくてはならないのは寧ろここからだ。
マジックマンティスの死体から素早く距離を取ったロザリーさんと、入れ替わるように前へと飛び出た俺は、ホルダーから風船花で作った丸いボールを二つ取り出す。
一個目はパンの原料の粉を詰めたボールで、このボール単体では何の意味もなさないのだが、二個目のボム草を詰めたボールと併用すると、とんでもない威力を発揮する。
ただ、その威力は凄まじく、使用する自分自身でも制御し切れないため、使用は極力避けたいのが本音。
ガムラパラサイトが現れない。
もしくは少数であることを祈りながら、二つのボールを握りしめながら様子を伺っていると……。
複数の矢が突き刺さっているお腹の部分が、ゆらゆらと蠢き出した。
このマジックマンティスには、ガムラパラサイトが寄生している。
俺がそう確信したその時。
蠢いていたお腹が内側から破けるように裂け、中から無数の糸状の形をしたガムラパラサイトが飛び出てきた。
思わず目を背けたくなるようなグロテスクな光景だが、闇雲に扱うと危険が生じるため絶対に目をそらさないようにしっかり見据えて、まずはパンの原料を投げつける。
投げたボールがマジックマンティスの死体付近にぶつかったのを見て、すぐに二個目のボム草ボールを投げつけた次の瞬間――。
低く鈍い爆発音と共に巨大な火柱が宙に昇る。
目の前がピカッと光り、熱風に衝撃を受けたのも一瞬で、すぐに火柱は原料を燃やし尽くして消火した。
「な、なんですか一体……」
「ま、魔法……?」
そんな衝撃的な光景に、俺よりも驚いた様子を見せたアルナさんとロザリーさんの声が聞こえてくる。
蠢きながらこちらへと向かってきていた、ガムラパラサイトの姿は一匹たりとも見当たらないが……。
これはちょっとやりすぎだったか。
下手すれば周囲の木々に燃え移り、大惨事となっていた可能性もあった。
実験ではもっと小さな火柱だったんだけど、パンの材料を入れすぎてしまった可能性が高い。
冷静に失敗の原因を考えながら、俺は激しく跳ねている心臓を落ち着かせ、二人に事情を説明するために後衛の位置へと戻ったのだった。
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