第三百二十九話 仕置き
地図を手にしたまま、離そうとしない冒険者さん。
俺はその状態で少し待ったのだが、離す気がないと察して理由を伺うことにした。
「教えて頂いたのは本当にありがたいのですが……手を離してもらってもいいですか?」
「はぁ? 金はどうした。教えてもらってタダで帰ろうとは思ってないよな?」
やっぱりこの手の輩か。
お金を渡せと言われても、本当に旅費もギリギリだし渡すお金なんてほとんどない。
銅貨数枚なら渡せるけど、そんな金額欲しさにこんなことやらないだろうしなぁ。
一応納得してくれるかもしれないし、提案ぐらいはしておこうか。
「お金ですか……。これぐらいなら渡せるんですけど、どうですか?」
「随分と物分かりいいじゃねぇか――って、おい!! 銅貨二枚ってお前舐めてんのか? 最低でも金貨一枚だ! それ以下ならここから帰さねぇぞ!」
ニタニタと悪い顔を浮かべながら硬貨の色を見てきたのだが、硬貨の色が銅だと分かると分かりやすくキレた冒険者。
流石に金貨一枚は馬鹿げ過ぎているし、揉め事は起こしたくなかったけど仕方がない。
ちょっとだけ痛い目を見てもらおうかな。
「金貨一枚なんて払えないですよ。地図を返す気がないというなら……俺も手加減はできません」
「自分の状況も分からずに随分とデカい口を叩くんだな、小僧。無事に帰れるのは今だけだぜ?」
冒険者さんは何やら合図を出すと、周りで静観していた他の冒険者達も俺を囲むように集まってきた。
……なるほど。この場にいた数人はグルだったって訳か。
数は全部で十人ほど。
俺が【白のフェイラー】にぞんざいに扱われていた頃なら、泣いて許しを請うていただろう数だ。
昔の俺のような弱い人が、この冒険者さん達の餌食にならないように少しだけ痛い目を味わわせてあげようかな。
数は完全に負けているけど、一人一人は決して強くないことは分かる。
やってみなくては分からない部分はあるけど、数分もあれば全員戦闘不能にすることはできると思う。
「それは俺のセリフですよ。今なら見逃してあげてもいいです。情報も教えてくれた訳ですし」
俺が一歩も引かずに強気でそう告げると、囲むように集まってきた冒険者達は馬鹿にするように大声で笑い始めた。
ただ、地図に位置を記載した最初の冒険者さんだけは青筋を立て、怒りを露わにしている様子。
「おい、小僧。この状況が分かってないみたいだな? 本当に手を出されないと思ってるなら――本気でやっちまうからな」
「俺も同じですよ。本当にやられないと思っているようでしたら、考えを改めた方がいいと思います。あなたたちよりも、俺の方が何倍も強いですから」
「上等じゃねぇか! さっさと表に出ろ。お前をボコボコにした後で、金目の物を根こそぎ奪い取ってやるからな」
「こちらも好都合です。迷惑がかからないように外に出ましょう」
懇切丁寧に俺のこの後の処遇まで話してくれる冒険者さん。
俺は根っからの悪党も知っているため、恐らくだけどこの冒険者さん達は慣れてはいないんだと思う。
ここでキツイ仕置きをしておけば、恐らくだけど二度とやらなくなる可能性もあるはず。
そんなことを考えながら、俺は十人の冒険者に連れられて裏路地まで向かった。
外に出て目立たないよう、集団の真ん中に入れられて軽く蹴られり殴られたりしつつも、人気のない裏路地にやってきた。
「ここまでついてきちまったな! もう謝っても遅いぜ?」
「ですので、それはこちらのセリフです。……もう謝っても遅いですからね」
「ッチ! おい、この糞ガキをやっちまうぞ!」
最初に声を掛けてきた冒険者が音頭を取り、一斉に俺に向かって襲い掛かってきた。
やっぱりというべきか、動きも鈍いし体の使い方もぎこちない。
ほとんどがルーキーから毛が生えた程度で、地図を返さなかった冒険者だけが唯一少しだけ戦える雰囲気を出している。
それでも作戦はしっかりと練られているようで、互いが互いの邪魔にならないようには攻撃を仕掛けてきているため、恐らく俺が初めての標的ではないと思う。
俺は大人数に囲まれて襲われながらも、そんなことを思考する余裕を見せつつ、最初にこん棒を振りかぶってきた冒険者の顎をデコピンで打ち抜く。
この戦い方は【蒼の宝玉】の面々相手に一度行っているため、手慣れた手つきで三人を一瞬で倒した。
襲い掛かっていった前の三人が倒れたことで後ろの六人は動きを止め、俺に絡んできた地図を返さなかった冒険者を置いて――じりじりと後退を始めている。
何が起こったのかまでは分かっていないだろうが、戦意は確実に削がれているため負ける要素はもう一つもない。
「どうしますか? 謝罪をして、もう二度と悪いことには手を出さないと約束すれば……まだ間に合うかもしれませんよ?」
俺がそう声を掛けると、すり足で後退していた六人は武器を投げ捨てて土下座を始めた。
その光景に地図を返さなかった冒険者の人も気持ちが折れかけていたが……。
あれだけの啖呵を切った手前、プライドが負けを認めるのが許さない様子。
握り絞めていたこん棒は捨て、腰に帯剣していた剣を引き抜くと、大声を張りあげて襲い掛かってきた。
剣は鉄の剣だけど、錆びているし刃もガタガタの安物。
他の七人に比べれば幾分かマシってだけで、魔力溜まりの洞窟に行く前の俺でも楽々倒せるぐらいの実力だ。
「剣を抜いたのなら、もう手加減はできません。……二度と悪さをしないと、素直に謝れば良かったのに」
「うるせぇ!! とっとと金をよこしやがれ!」
そう唾を飛ばしながら、剣を大きく振りかぶって斬りかかってきた冒険者。
俺はその隙だらけの懐に一気に潜りこみ、掌底でみぞおちを思い切り突いた。
パンチではないし、力も三割ぐらいしか入れていないが――体をくの字に曲げて悶絶すると、膝から地面に崩れ落ちた。
これで終わりでもいいんだけど、トドメに無防備な背中に思い切り張り手を打ち込んだ瞬間、人気のない裏路地に冒険者の悲痛に近い叫び声が響き渡り……。
後ろに控えて、俺と地図を返さなかった冒険者の戦闘を見ていた六人の冒険者の、小さく怯えた悲鳴が共鳴するかのように裏路地に響いた。
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