第三百七十話 約束


 デルタの泉で体を休め、気持ちの良い早朝。

 やっぱり魔物が現れないというだけで、心置きなく休めるから疲労回復度が大分違うな。

 体を伸ばしながらストレッチをしていると、ディオンさんとスマッシュさんも目を覚ました様子。


「おっ、ルインはもう起きてたんですかい! 随分と早い目覚めでさぁ」

「早くライフをランダウストに届けたくて、ずっとソワソワしちゃってるんです」

「私も全く同じ気持ちですしルイン君が焦る気持ちは分かりますけど、しっかり体を休めてくださいね。まだ魔王の領土にいるのは変わりありませんので、焦っていては何が起こるか分かりませんから」

「ディオンさん、ご心配ありがとうございます! でも、体はしっかりと休めていますので大丈夫ですよ!」


 俺は両手で力こぶを作り、元気いっぱいであることをアピールする。


「ルインが調子が悪くなったとしても、あっしらが守ればいいだけですぜ! ディオンも強くなったと言っていたでさぁ!」

「そうですけど、強敵相手にはやはりルイン君頼りになってしまいますからね。情けない話ですが……」

「とりあえず何があろうとあっしらが命懸けで守りやす! 死んでも生き返れやすから!」

「いやいや! ライフで生き返れるかはまだ分かりませんし、身を挺してまで守らなくても大丈夫ですよ! 何度も言いますが、ソワソワはしてますけど元気いっぱいですから!」


 話が変な方向に進んで行ったため、俺は慌てて話を変えることにした。


「それよりも早く出発しませんか? 早朝の方がスマッシュさんも動きやすいですよね?」

「まぁ人もいないでさぁ、早朝の方がバレないとは思いやすぜ!」

「なら、軽く朝食を食べてから、ヒューの住む村に行きましょう」


 寝起きの二人を急かし、持参した保存食で朝食を済ませてからすぐに出発した。

 デルタの森からヒューの村までは近いため、すぐに辿り着くことができるはず。


 ただこの辺りは魔王軍の偵察兵も多いため決して焦らず、慎重に森の中を進んで行く。

 魔物の数も多く、飛行する変な機械兵に最初は驚きっぱなしだったけど、今ではなんてことないように進めていることに人間の凄さを感じるな。


 治療師ギルドで働いていた時も最初は地獄で逃げ出したかったけど、一ヶ月もすれば当たり前のようにこなせていた。

 しみじみと魔王の領土に適応できていることを感じつつ、俺達はあっという間にヒューの住む村へと辿り着いた。


「ルイン君、あそこの村ですよね?」

「はい、あの村で間違いありません。ディオンさん、よろしくお願いします」

「任せてくだせぇ! ササッと侵入して、ちゃっちゃとヒューを呼んできやすぜ!」


 ヒューへの橋渡し役は予定通りスマッシュさんに任せ、俺とディオンさんは村の近くで待機。

 そしてスマッシュさんが村に侵入してから、約十分ほどが経過した時――笑顔で親指を立てているスマッシュさんが戻ってきた。


「バッチリ伝えてきやしたぜ! すぐに外に出てくると言ってやした!」

「ありがとうございます。それではヒューを待ちましょうか」


 それから更に十分ほど待っていると、ヒューが村から出てきた。

 この間とは違い、全身フル装備のため特徴的な体が見えなかったせいで、一瞬ヒューではないと思ってしまったが、紛れもなくヒューである。


「みんな、本当に来てくれたんだな! まずは約束を守ってくれてありがとう!」

「約束なので当たり前です! それでガッチガチの装備ですけど、村で何かあったんですか?」

「ううん、違う! 向こうの大陸に繋がる場所まで、ついていきたい! この目で見た方が早いから!」

「なるほど。それでヒューさんは防具で身を固めていたんですね。ルイン君、どうしますか?」

「連れていっていいと思います! ……でも、帰りは一人ですけど大丈夫ですか?」

「大丈夫! そのためのフル装備だから!」


 魔人でも魔物に襲われると言っていたし、少し心配な面はあるが……ヒューが大丈夫と言うのであれば、連れて行った方がいい。

 そう決めた俺は、ヒューと共に天爛山の抜け道を目指して歩を進めた。



 ヒューと合流してから約二時間が経過。

 出会った魔物は俺が即座に始末したことで、無事に俺達が入ってきた天爛山の麓まで辿り着けた。


「この山のどこかに抜け道があったのか!」

「かなり分かり難い場所です。しっかりと覚えてください」

「分かった! 忘れないように記憶する!」


 ヒューにしっかりと注意してから細く険しい山道を登り、抜け道を目指してただひたすらに天爛山を登っていく。

 下るのと登るのとでは見える景色も違い、注意した俺がかなり迷ってしまったが……ようやく向こうへと繋がる小さな抜け道へと辿り着いた。


「いやー、やっと着きやしたぜ! こんなに険しい道とは思っていやせんでした!」

「確かにイメージと全然違いましたね。私も魔王の領土に入って舞い上がっていたのだと、今更ながら気づきました」


 スマッシュさんとディオンさんが各々感想を述べる中、ヒューは随分と下の方が死にそうな表情で山を登っている。

 全身重装備だったし、動き慣れている俺達でもキツイ道のりだったのだから、ヒューがあれだけ疲弊しているのも納得してしまう。


 そして、ヒューを待つこと約二十分。

 今にも倒れそうな表情で、ようやく俺達の下まで登ってきた。


「ぜぇー、ぜぇー……。こ、こんなに高い位置にあるのか!?」

「この小さい崖を下りた先にあるんです。下りて見てみたら分かると思います」


 ヒューを連れ、とりあえず向こうへと繋がる穴の目の前までやってきた。

 相変わらず入口は狭く、中は真っ暗。

 この向こうが繋がっているなんて、実際に通ったことがなければ分からないと思う。

 

「こ、この穴を抜ければこの地から逃げ出せるのか!」

「はい。向こうが安全という保障はできませんが、少なくともこっちよりは安全だと思います」

「分かった! ルイン、ディオン、スマッシュ。本当にありがとう」


 心の籠った感謝の言葉に頷き返し、俺も感謝を述べる。


「ヒューこそ、俺達に色々と教えてくれてありがとうございました。絶対に逃げてくださいね」

「ああ! すぐに帰って準備を整え、逃げさせてもらう!」

「それじゃ……俺達は帰ります。またどこかで会ったら、その時はよろしくお願いします」


 崖に腰を下ろして休んでいるヒューに別れの言葉を告げてから、俺達は魔王の領土を後にした。

 あとは王国へと帰り――ランダウストで待つアーメッドさんにライフを届けるだけだ。


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