第二百八十三話 魔人の実力

※【青の同盟】アーメッド視点となります。



 無の状態から、急に現れた強烈な圧を放つ魔人に俺も思わず体が固まった。

 明らかに俺と同じ、強者の風格を漂わせていやがる。


「まさか見破られるとは思わなかった。これまで一度も気づかれたことなんてなかったんだが」

「誰なんだよ。てめぇはよ!」

「私の名は……いやいい。死ぬ相手に名乗る名はない」


 両手を上げていたことから降伏の意志を示しているのかと思ったが、そのつもりはさらさらないらしい。

 上げた両手に魔力を籠め始め、黒い魔力の塊が頭上に現れた。


「ディオン、スマッシュ! ここから離れろ!」


 その魔力の塊から危険な臭いを察知した俺は、二人に指示を飛ばしから一気に魔人に斬りかかった。

 両手が振り下ろされる前に一撃をぶち込んでやる。


「甘い」


 魔人はニタリと気色の悪いを笑みを浮かべてそう呟き、斬りかかりに動いた俺目掛けて魔力の塊を飛ばしてきたのだが……。

 魔力の塊が飛ばされるよりも前に、俺は斬りかかるのを止めていた。


 急停止、そして大きく旋回し、魔人から一気に距離を取る。

 カッコつけながら放った魔力の塊を完璧に透かされ、魔人は呆気に取られた表情をしていやがる。


「甘いのはどっちだ?」

「お前みたいなタイプは、馬鹿みたいに突っ込んでくるのがお決まりだと思っていたんだがな」

 

 確かに最初の考えではお構いなしに斬りかかるつもりだったが、本能がこのまま斬りかかるのは危険と全力で警鐘を鳴らしたため回避に移行した。

 フェイントをかけた訳ではなく、俺自身が直前まで攻撃するつもりだったのだから、この魔人が俺の動きを察知出来なかったのも無理はない。


「へっへっへ。俺は色々と鼻が効くんだよ。まぁ次は回避しないから安心しろ」


 俺に緊急回避させるほどの一撃を放てる相手。

 間違いのない強敵にワクワクしながらそう告げたのだが、魔人は首を横に振りながら掌を見せるかのように片手を俺の方へと伸ばした。


「攻撃を透かされたのは残念だが、自ら離れてくれたのなら都合がいい。そのまま死ね」


 この口ぶり、それから先ほど放ってきた魔力の塊。

 強烈な魔法を放ってくるのではと警戒するが、伸ばした片手を素早く下へと降ろしたその瞬間――。

 この広い開けた場所を埋め尽くすほどの魔物の大群が突如として現れた。


「私自らの手で嬲り殺してやりたかったが、今は時間がないのでな。『魔物共よ、この人間を殺せ』」


 声は張っていないのだが、やけに耳に通る声で指示を飛ばした魔人は、大量の魔物を残して森の奥へと歩いていく。

 くそがっ! 一番面白くない選択をしてきやがった。


「おいっ! てめぇ逃げんのか? あれだけ格好つけてだせぇ奴だな!!」

 

 俺の挑発に一瞬だけ振り返り殺気を漏らしたが、首を軽く横に振ると再び森の奥へと歩き始め消えて行った。

 あの糞魔人。絶対に逃がさねぇ。

 

 今すぐに追いかけてとっ捕まえてやりたいところだが、大量に現れた魔物が俺の行く手を阻むかのようににじり寄ってきている。

 パッと見た限りでは、ランダウスト周辺で冒険者と戦っていた魔物と同じような魔物。

 決して強い魔物ではねぇが、流石に数が多すぎるな。

 

「おい! ディオン、スマッシュ。例の敵が消えたから俺の下まで戻ってこい!」

「いやいや! あっしらも魔物に囲まれてやべぇんです!」

「うるせぇ! 背後は捨てて正面だけ蹴散らしてこっちにこい!」


 ひとまずあの二人を呼び戻して合流し、背後だけでも意識から外して戦いたい。

 ――さて、合流するまでの僅かな間だけ本気で戦うか。

 

 詰め寄ってくる魔物を無視し、俺は大剣を地面に突き刺して瞑想する。

 五感を全て断ち切り……一瞬で深い位置まで落とし込む。


 集中力が極限まで高まった瞬間に目を開け、俺は一気に攻撃を開始した。

 初撃は詰め寄って来た魔物を一掃するための回転斬り。

 

 傍から見れば、ただ大剣をぶん回しているだけのようにも見えるだろうが、的確に全ての敵の急所を狙い打っている。

 一振りで前方のオーガ三匹、横のスケルトンウォリアー二匹、背後のオークナイト二匹の死亡。


 一瞬にして目の前の仲間が死んだことにより、その背後に控えていた魔物の表情が引き吊っているのが分かるが、その更に後ろの連中は前で何が起こったのか分かりようがない。

 行きたくないが前へ前へと押し出され、俺の前へと立たされたオーガやオーク。


 数を揃えればなんとかなると思っていた余裕から一変、狩られる側へと回ったことに気づいた魔物の表情につい笑顔が溢れてしまう。

 正面に立つ悪魔的な笑顔の俺を前にした状況でも、攻撃を仕掛けようと動いていることには感心するが――攻撃を仕掛けてこようが仕掛けまいが大差ない。


 袈裟斬り、水平斬り、上段からの叩きつけ。

 一瞬にして自分の身長の何倍もある剣で叩き斬られ、抵抗むなしく即死。


 そしてまた、その後ろに控えていた魔物が、倒れた仲間と正面の返り血塗れの俺を見て恐怖の表情を浮かべる。

 ダンジョン産の魔物は無機質だが、外の魔物は感情豊かだからいいな。


 集中力を極限まで高めたお陰で僅かな表情の変化まで見えるから、より楽しい。

 それから俺は魔物よりも魔物のような戦い方で、二人が合流するまでの間、一方的な殺戮を楽しみながら死体の山を築き上げたのだった。


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