第二百八十二話 静かすぎる森

※【青の同盟】アーメッド視点となります。



「見えてきたな。あれが西の森か」


 行く手を阻む魔物だけを倒し、最速で西の森へとやってきた俺達。

 前方に見える森が、指揮官が潜んでいるという西の森だろう。


「ぜぇーはー。ぜぇーはー。ま、待ってくだせぇ。移動速度が速すぎますぜ!」

「ほ、本当ですよ! 危うくアーメッドさんと分断させられかけたんですから!」


 後ろから俺の後を追って来ていただけの二人が、何やら文句を垂れているが……俺は気にも留めずに森へと歩を進める。

 昼間なのにも関わらず、薄暗く妙な不気味さを放つ西の森。

 生き物の気配も全く感じないし、ここまでの道中で出会った大量の魔物との対比が違和感を大きくさせる。


「あの記者が声掛けしたって言ってた別の冒険者ってのは、まだ辿り着いていないのか?」

「え? うーん……どうなのでしょうか。私達が一番最初に声を掛けられていたとしたら、最速ルートで辿り着いたと思いますのでまだ来ていないと思いますが」

「いや。他の連中は少し前に来ているはずですぜ。痕跡を上手く消してはいやすが、微かに人が通った後が見えやすので」


 スマッシュは本当に役に立たない男だが、こういったことに関しての洞察力だけは間違いない。

 だとすれば、俺達よりも前に冒険者が何人か来ているはずなのだが……そう考えると、この森の静けさがより一層おかしく思える。


 これだけ静かならば、森の奥だろうが戦闘が行われていれば俺の耳なら絶対に聞こえるはずなんだけどな。

 既に指揮官とやらを殺ったのか、それとも冒険者共が殺られたのか。

 俺の第六感は冒険者共が殺られたと叫んでいる。


「……どうしたんでさぁ。黙りこくったと思ったら、急にニヤけるなんて怖いですぜ」

「うるせぇ。さっさと俺達も行くぞ」


 未知なる強敵に期待を膨らませ、静かな西の森を無警戒でズンズンと歩いていく。

 ――それから、森を進むこと約二十分。

 大分深いところまで歩いてきたのだが、未だに生き物気配はなく、その道中でも俺達は一匹の魔物とも出会っていなかった。


「この森、流石におかしすぎますね。こんなに魔物と出会わない森なんて、生まれてこの方一度も経験したことないです」

「やっぱり記者の言っていた情報は本当だったんでさぁ。この先に化け物みてぇな魔物が待ち受けているんですかい」

「一体どれほどの魔物なんですかね。記者さんは今まで見た中で一番強いと感じたと言っていましたが、その話が本当ならアーメッドさんよりも強い……」

「ぺちゃくちゃとうるせぇな! 魔物がいないんだから好都合だろうが! んで、ディオン。今なんつったんだ?」

「い、いやですね。今まで出会った中ということは、その中にアーメッドさんも含まれるという訳で……。記者さんの言葉を真とするならばアーメッドさんよりも強いのではと思――」

「そりゃ俺は敵じゃねぇからな。いいんだぜ、俺はてめぇらと敵対したってよ」


 見たこともねぇ魔物に勝手に恐怖し、挙句の果てに俺よりも強いなんて抜かしたディオンに全開の殺気を向ける。

 殺気を放つコツは、どれだけ本気で殺そうと出来るか。


 俺の殺気をモロに浴びたディオンは後退しながら身じろぎ、湿った地面に尻餅をつきながら必死に後ずさる。

 仕置きにゲンコツでも浴びせてやろうかと思ったその瞬間――。

 前方から俺達に……いや、俺に向けてドギツイ殺気が放たれたのを感じた。

 

「おいっ! ディオン、早く立て! 前方にいやがる!」


 対象ではないと言え、本気の殺気を放った俺に怯まずにすぐさま殺気を放てる敵。

 それも俺をピンポイントで狙うという、殺気のコントロールまで身につけている。


 俺自身も初めて経験する、単純な強さだけでなく技術も持った魔物。

 湧き上がる本能の赴くまま、俺は殺気の飛んできた方向へと全力で走る。


 まるで居場所を伝えるかのように、絶え間なく俺に殺気を浴びせ続けている敵。

 殺気を頼りに森を突き進んでいくと、何やら開けた場所へとぶち当たった。

 

 見る限りでは自然に出来た場所ではなく、意図的に木々を切り倒して作られたスペース。

 そして、先に到着していたであろう冒険者共の姿が、見るも無残な形で倒れていた。

 

 ……ただ、この作為的に作られた開けた場所には、俺に殺気を放っていた魔物の姿がいないどころか、魔物の一匹の姿すらも見えない。

 だが、ほんの少し前までは確実にここにいたのは事実だ。


「一体どこに隠れやがった!! ぜってぇに逃がさねぇぞ!」


 俺の叫んだ声は空しく森の中に響き渡るのみで、消えた魔物は姿を現す気配もない。

 湧き上がった興奮が徐々に怒りへと変わっていったところで、遅れて俺を追ってきたディオンとスマッシュがようやく追いついたようだ。


「ぜぇーぜぇー……。また急に走り出したと思ったら――って、なんですか。この光景」

「くっそが! ちょっと前までここに魔物がいたのに逃がしちまった!」

「アーメッドさん、落ち着いてください。私たちに状況を説明して――」

「動かないでくだせぇ!!」


 全員が全員。思いの丈をぶつけていた中、スマッシュが一際大きい声で俺とスマッシュの会話を止めた。

 その目は今まで見たことがないほど真剣だったため、一時的に話を止めてスマッシュの言葉に耳を傾ける。


「……………………やっぱりまだこの場所に魔物がいますぜ。気配は完全に消えていやすが、空気が微妙に乱れていやす」


 スマッシュは五感に関しても全てにおいて俺の下位互換だが、生まれの悪さから身に着けたその索敵能力だけは俺を遥かに凌駕する。

 そのスマッシュがここにいると断言したからには、何らかの方法で姿を隠しているだけでこの場にはいるのだろう。


「どの辺りだ」

「――あの死体が山積みになっている真横辺りですぜ」


 スマッシュが指さした方向を見定め、俺は剣を構えて何もない空間に斬りかかりに動いた。

 どれだけ探っても何も感じないが、いるというのであればいる。


 いなかった場合はスマッシュにゲンコツを食らわせればいいだけだし……渾身の力を込め、剣を振り下ろそうとしたその時。

 両手を上げた人間――いや、人間にしては肌が赤黒く、額には二本の角。

 そして背中から翼の生やした魔人が、俺の目の前に何処からともなく姿を現したのだった。


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