第三百話 三人の繋がり
グレゼスタを発って三日後。
俺はランダウストへと無事に戻ってくることが出来た。
ただ既に日は落ち始めていて、すぐに『鷲の爪』に行かなければ店が閉まってしまうため、ゆっくりとしている時間はない。
入門検査を手早く済ませてから、俺は『鷲の爪』へと直行した。
お店に入ると、いつもの如く入口真ん前に置かれている『ソウルグラム』が目に入った。
今までとは違った目線で『ソウルグラム』が目に付き、思わずジッと眺めてしまう。
「ふぉっはっは! 誰かと思えばルインじゃないか。ほれ、丁度アルナも来とるぞ。何度言っても帰らんから連れて帰ってくれ」
店の奥から様子を見に来たアーサーさんが、いつもの勢いで俺に話しかけてきた。
そんなアーサーさんが発した“アルナ”の言葉に体がビクッと反応し、店の奥を恐る恐る覗いてみると、確かにアルナさんが椅子を反対に座り、背もたれに腕を置いて俺の方を睨むように見ている。
「ほれっ、アルナもこっち来い! ルインが来とるぞ――っておい。帰るんか?」
アーサーさんに呼ばれてアルナさんは俺の方に向かってきたと思いきや、そのままスルーし無駄に力強く扉を押し開けると、お店から出て行ってしまった。
気まずい空気が店内に流れ、アーサーさんは目を丸くさせて扉を見つめている。
「実は俺達パーティを解散したんです。相談もせずにすいません」
「解散!? そうじゃったのか。道理でどこに行くわけでもなく、不機嫌な状態でずっと店に居座り続けていた訳じゃな。……解散は魔王軍の襲撃のせいか?」
「原因の発端はそうですね」
「ワシにも相談して欲しかったところじゃが、それなら文句は言えないな。それにしても惜しいのう。冒険者の中じゃ一番良いパーティだと思っとったからの」
「アーサーさん、すいません」
「いやいや、ルインだって解散したくてしとる訳じゃないのは分かっとるからの。謝らんでいい」
報告が遅れ、説明不足にも関わらず、暖かい声を掛けてくれるアーサーさん。
やはりおばあさん同様、良い人なのが分かる。
「それで、今日はその報告をしに来てくれたんか?」
「それもそうなんですが、別件でアーサーさんに尋ねたいことがありまして、今日は訪ねてきたんです」
「別件? ワシに尋ねたいことってなんじゃ?」
「死者を蘇生させる植物について、何かご存じではないですか? おばあさん――いえ、アイリーンさんにアーサーさんのことを聞きまして、アーサーさんなら知っているのではと思ったんですが……」
俺がおばあさんの名前を口にすると、アーサーさんは目を見開いて固まった。
アーサーさんからは一度も口に出したことはなかったし、俺の口からおばあさんの名前が出るとは思っていなかったのだろう。
「アイリーン……? アイリーンってあのアイリーンか!?」
「多分、アーサーさんが思い浮かべているアイリーンさんだと思います」
「こ、これは驚いた。どうやってアイリーンのことを調べたんじゃ?」
「調べたのではなく、アイリーンさんとは元々知り合いだったんです。俺はグレゼスタからランダウストに来て、アイリーンさんはグレゼスタに居たころの恩人なんです」
「……こりゃ凄い繋がりじゃの。確かにあいつはグレゼスタに行ったと言っておったな。ただまさか、ルインがアイリーンと知り合いだとは思わなんだ」
本当に驚いたようで、ワナワナと微かに震えているのが分かる。
反応を見る限り、おばあさんもシャーロットさんもアーサーさんも、三人共にただの元パーティメンバーだとは思っていないんだろうな。
「アイリーンさんだけじゃなく、シャーロットさんともつい先日お話してきました。ハロルドさんもよろしく伝えておいてくれと言伝を預かってます」
「こりゃ、懐かしい面子が次々と……。全員、今はグレゼスタにおるのか?」
「はい。アイリーンさんは薬屋を営んでいて、シャーロットさんは治療師ギルドのギルド長を。ハロルドさんはバーでマスターをやっています」
「ふぉっはっは。みんな変わらずだな。ハロルドとは時折連絡を取り合っていたが、元気にしているのなら良かった」
アーサーさんは昔を懐かしむように、楽しそうに笑った。
「アーサーさんはハロルドさんを嫌ってはいないんですね」
「ん? ああ、アイリーンとシャーロットは嫌っておるからか。ワシは嫌いじゃない。優秀な情報屋だしの。……まぁ過去に一度だけ揉めたが、もうワシは水に流したわい」
「そうなんですか。お二人の嫌いようが凄かったので、てっきりアーサーさんも嫌っているのではと思ってました」
「ふぉっはっは。あやつらが嫌っておるところが目に浮かぶわい。話を聞いたら久しぶりに会いたくなってきたの。……おっと、話が脱線したが、なんじゃったか?」
グレゼスタとランダウスト。
特段離れている訳ではないのだし、会いに行けばいいのにとも思ったのだが……。
感情とはまた別に、色々な事情があるのだろう。
おばあさんもアーサーさんの話を口にするときは少し様子が変だし、とりあえず俺が口を突っ込むべきではない気がした。
「死者を蘇生させる植物を探しているんです。何かちょっとした情報でも持っているのであれば、教えて欲しいんですが……」
「死者を蘇生させる植物かのう。確か、皇国でそんなおとぎ話があったな」
「え!? それって、魔女に殺された姫を復活させる話ですか?」
「おお、それじゃ! 一度、ワシも気になって調べようと思ったんじゃが、魔女の住む森というのが魔王がいる土地でな。それが理由で詳しくは調べられず、諦めたんじゃよ」
「ん? ……ということは、あのおとぎ話って実話なんですか?」
「いや、それは実際に調べてみないと分からん。ただ、おとぎ話は皇国に伝わるおとぎ話で、おとぎ話に出てくる魔女は魔王側の人間ってのは、ワシが調べたから本当じゃよ」
一気に情報が集まった気がする。
雲を掴むような感覚で、おとぎ話を訪ねにおばあさんの下へ行ったのだが、アーサーさんの話で現実味を帯びてきた。
内容が内容なだけに、まだ実話である保証は低いけど……追ってみる価値はある。
そう思わせるぐらいには、アーサーさんの情報は俺の心をグッと動かしてくれた。
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