第百二十六話 ‟最低辺の試合”


 下段で構えた状態で距離を詰めてくるポルタ。

 先ほど戦ったライラやニーナに比べると、隙が多いように感じるが、だからと言って迂闊に手を出したらバーンのようにやられるのが目に見えている。

 俺に求められるのは、如何にポルタの超速の攻撃に対応できるかどうか。


 【オートブレイブ】の弱点は二つあって、一つ目はポルタの肉体へのダメージが大きいというところ。

 そして二つ目は‟魔法”だというところ。


 よって導き出されるポルタ攻略の最善策はガードに徹し、限界ギリギリで動いているポルタの肉体ダメージを蓄積させ且つ、魔力が切れるのを待つことなのだが……そんな勝ち方をしても面白くない。

 相手が魔物や悪党だったら俺も最善手を打つけど、これはあくまでも模擬戦。

 強化されたポルタと真正面から打ち合うことに意味があると俺は思う。

 

 そう考えた俺は、木剣をポルタに向け直し、詰めてくるポルタと打ち合うことを決意する。

 心の中でポルタとの距離を測りながら、間合いに入ってくるのをジッと待っていると、下段で構えたポルタの口角が小さく上がった気がした。

 

 動きの中で、視界の端でちらっと見えただけだから、あくまで気がした程度なのだが……ライラ、ニーナとギリギリの接戦を繰り広げた今の俺の勘は冴え渡っている。

 絶対に何か仕掛けてくると悟った、その瞬間。

 まるで時空が飛んだように、ポルタが突っ込んできていた。


 超速で突っ込んできたポルタは、下段の構えから流れるように水平斬りを放ってきたのだが、俺はそのポルタの一撃を、なんとか体の間に木剣を滑り込ませてガードする。

 ポルタのその一撃は、スピードだけでなく威力も強かったため、俺は吹っ飛ばされるように数歩後ろへとよろけるほど。

 ……危なすぎる。勘が働いていなかったら、今の一撃で試合終了だったぞ。

 

「一発目から度肝を抜こうと思ったのですが、あのタイミングでもガードされてしまうんですね」

「……本当にギリッギリだったけどね」

「僕もこの一年間、血反吐を吐きながら努力してきたんですけど……【オートブレイブ】を使用して、ようやくルインさんとの実力はトントン。少し嫉妬してしまいます」


 そう言ってきたポルタだけど、最大限の警戒をしていたのに俺はガードするのが精いっぱい。

 あの速度は脅威でしかないし、俺からすれば全くトントンだとは思えていないんだけど。

 封印している一撃を使ってしまおうか悩むほどには、【オートブレイブ】化のポルタに対しての勝ち目が見えていない。


「ルインさん。探り合いではなく、バッチバチの打ち合いをしましょうね」

「…………その提案に乗りたくないなぁ」


 俺がポツリとそう呟くと、笑顔を見せたポルタ。

 ポルタ自身もニーナ戦のような探り合いになったら、勝ち目がゼロになるのが分かっていての、この発言なのだろう。

 そして、俺が勝ちを狙ってのつまらない試合運びをしないように、釘を刺してきた……って感じかな。


 正直、戦闘開始前までは、真正面から打ち合ってやろうと意気込んでいたが、今の一撃で気持ち的に逃げたくなっている。

 ただ……ポルタにここまで言われたら、逃げる訳にいかない。

 頭を振って弱気を消し去り、次は俺から攻撃を仕掛けることを決めた。


 すり足で近づき、一気に踏み込んで袈裟斬りを放つ。

 ポルタはその袈裟斬りを下段からの逆袈裟で迎え討ち、木剣同士がぶつかったとは思えない音がコルネロ山に響き渡った。

 ぶつかり合った木剣の衝撃が互いの体の中心にまで響き、お互いに表情を歪める。

 

 体の芯から痺れているが、俺は歯を食いしばってすぐに次の攻撃を仕掛けにかかる。

 もう一度振りかぶり直し、ポルタの脳天目掛けて上段からの斬り下ろしを放つ。

 俺と同様に即座に立て直したポルタはさっきと同様に、俺の攻撃に合わせるように再び逆袈裟を放ち、またも木剣と木剣がかち合って衝撃音を周囲に響かせた。


 そこからは、俺とポルタの意地のぶつかり合い。

 突き、水平斬り、斬り払い、袈裟斬り、逆袈裟、上段斬り。

 とにかく互いに攻撃を打ち合い、序盤は木剣から伝わる強い衝撃に歪めていた表情も笑顔に変わっていく。


 手数は【オートブレイブ】で身体能力が上がっているポルタの方が上だが、単純な技術は俺の方が上。

 傍から見れば泥試合とも思えるような、駆け引きの一切ない打ち合いを繰り広げていて……まさしく‟最底辺の試合”。

 

 だけど当の俺とポルタからしたら、力と力……意地と意地のぶつかり合いといった感じで、打ち合う度に楽しさが増していく。

 このまま一生、お互いのプライドを懸けて打ち合っていたい。

 俺だけでなく、ポルタもそう思っていたと思うのだが——終わりは突然やってきた。


 互いに有効打なしのまま、もう何度目か分からない袈裟斬りをポルタ目掛けて放ち、それを毎度の如く、ポルタが逆袈裟で合わせる。

 木剣同士がぶつかり体の芯まで震えるような衝撃を、俺はかち合う前から鮮明にイメージしながら振り下ろしたのだが……俺の振り下ろした木剣とぶつかったポルタの木剣は衝撃を放つことなく、力なく吹っ飛んでいった。


 一瞬、体に衝撃が走った気がしたのだが、それが気のせいだと無残にも地面に転がる木剣を見て俺は悟る。

 ポルタは無手となっているため絶好機なのだが、俺の体は驚きから追撃に動けず、転がった木剣を拾おうとするポルタをただただ見つめるのみ。


 慌てて地面に転がった木剣を拾うため手を伸ばしたポルタだが、その伸ばされた手が木剣を掴むことはなく、地面に伸ばした腕からバランスを崩すように転んでしまった。

 その後、立ち上がろうと地面で藻掻いているポルタが、再び立ち上がることはなく……そんなポルタの様子を俺と一緒に見ていた審判のライラが、ようやく小さく呟くように俺の勝利を宣言したのだった。


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