第百二十五話 最高の一戦


 右か……? いや、左だっ!

 ニーナの右から袈裟斬りと見せかけての左からの斬り払いを読み切り、俺はニーナの木剣を狙って左からの袈裟切りをぶつける。

 俺が思い切り振り下ろした木剣が、ニーナが片手で無理やり振った木剣にぶつかり、よろけるようにバランスを崩したニーナ。


 よろけたニーナを見て、すかさず追撃をかけるべきと体が反応するが、本能で動き出そうとした体に脳がストップを掛けようとしている。

 この戦闘中に行われた数多の駆け引きのせいで、これもニーナの演技なのではと思ってしまっているのだ。

 ……ただ、斬り下ろしの感触的に、これは本当にバランスを崩していると本能が叫んでいる。


 様子を見るか、それとも追撃をかけるか。

 悩んだ末に……俺は本能を信じ、一気に追撃をかけることを選択した。


 現状、有効打は互いに二発ずつ入れている。 

 このよろけているのがニーナの演技だったら、俺は圧倒的ピンチを迎えるのだが、ここで攻めなければどちらにせよ攻める場面がない。

 俺は腹を括って、一気に距離を詰めに掛かった


 一方のニーナも距離を詰めた俺に気づき、なんとかバランスを持ち直し対応しようとする素振りを見せていたが……俺の本能が叫んでいた通り、今回は本当にバランスを崩していたようで、俺への対応が全く間に合っていない。


 対応出来ていないのならば、駆け引きはいらない。木剣を当てるだけでいい。

 ニーナの小手目掛けて、突きを行うように鋭く木剣を振るった。


「はい、ルインの有効打だよ! これで三発目だから……ルインの勝ちッ! ――いやぁ、長い試合だったね!」

 

 審判であるライラがそう宣言したところで、俺はようやく一息つくことが出来た。

 ライラの言う通り、本当に長い試合だったな。

 今までの模擬戦大会の試合の中でも、圧倒的に過去最長の試合だったと思う。


 長時間の戦闘で単純な疲労も凄いけど、なにより読み合いで使った頭の方が痛い。

 グワングワンする頭を押さえながら、俺は地面に腰をおろすと、ニーナがこっちに歩いてくるのが見える。

 そのまま近くまでやってきてから、ニーナはちょこんと俺の横に座ると、顔を俯かせながら話しかけてきた。


「……ルインさん。完敗でした」

「いやいや、辛勝もいいところだったよ。単純な読み合いでは俺が負けてたし、最後の一撃も半分賭けに勝ったみたいなところがあったから」


 ‟完敗”という言葉を使ったニーナに、俺は即座に否定を入れる。

 なんなら傍から見ていたら、ニーナが勝つだろうと思っていた人のが多かったと思うほど、試合内容では負けていた。

 俺からしたら勝負に負けて、試合には勝ったといった感じの心境だ。


「……ふふふ。そう言ってもらえるのは嬉しいですね。でも、私の心情的には本当に完敗だったんです。……読み合いでは勝って、裏を取ったり不意を突いたりしているのに一撃を決める事が出来なかったのですから」


 それはそうだと思う。

 俺は負けないように全力でガードを行ったのだからな。


「それは、たまたま俺の方が噛み合ったってだけだから。ニーナは負けたから少しネガティブな思考に陥ってるだけだと思う。もう少し時間が経てば、私の方が勝ってたのに……ってなると思うよ」

「……ふふっ、それは確かにあるかもしれませんね。……とにかく、ここまで楽しいと思える試合は初めてでした。ルインさん、本当にありがとうございました。またお手合わせしてくださいね」

「俺の方こそ楽しかったよ。あと三日間あるし、この採取依頼期間だけでもまた手合わせる機会はあると思うから、その時もまたいい試合をしよう」


 隣に座っているニーナにそう告げて、俺はニーナと握手を交わした。

 ニーナとのこの一戦は、俺の中で一番楽しかった試合かもしれない。

 先ほどの試合を振り返りながらゆっくりと立ち上がると、ライラがポルタを連れてこっちに駆けてきた。


「ルインッ! 長い試合の後で疲れてると思うけど、もう決勝戦やっても大丈夫? ……というか、もう暗くなりかけてるからやるしかないんだけどさ!」


 まだ疲労は少しも取れていないし、頭もまだガンガンしているのだが、ニーナと長試合を行ってしまったため、ライラの言う通り日が落ちて暗くなり始めてしまっている。

 決着をすぐにつけられなかったのは俺だし、これは文句は言えないな。


「分かった。今すぐやろう。……ポルタ、‟最低辺の試合を決勝戦で”。しっかりと約束を果たしたよ」

「ええ。僕はルインさんが勝つと——は、試合内容的に最後まで思っていませんでしたが、僕との約束のために勝ち上がってくださりありがとうございます。今のニーナさん対ルインさんレベルの試合を行える自信はありませんが、‟最低辺の試合”楽しみましょう!」


 そういってきた笑顔のポルタと拳を突き合わせる。

 ベストコンディションで戦いたかったと、どうしても思ってしまうな。


「二人共、木剣は持ったね! ……それじゃ決勝戦行くよ。ポルタ対ルインの決勝戦開始ッ!!」

「【オートブレイブ】」

 

 ライラの試合開始の合図と共に、ポルタが自分自身に魔法をかけた。

 これはアングリーウルフと戦っていたときにポルタが使っていた魔法で、自分自身の身体能力を爆発的に上昇させる魔法だ。

 ……バーンが先ほど負けた理由も、この【オートブレイブ】が理由。


 バーンが対応できない速度で動き、そのまま三発有効打を決めていたポルタ。

 今までのポルタは【オートブレイブ】に体が耐え切れず、使用を控えていたようなのだが、こうして短期間で二度目の【オートブレイブ】を使用しているところを見ると、完璧に扱えるようになったみたいだ。


 肉体を鍛えて、更に魔法の精度を上げて調整しているからこそ、できるようになった芸当だと思う。

 そんなポルタの姿を見て、俺も気合いがみなぎってくる。

 これは疲れただの、頭が痛いだの弱音なんて吐いてる場合ではないな。

 疲労は全て消し去り、ポルタの全力に俺も全力で答えようか!


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