第三百四十七話 緑の魔人


 一瞬ゴブリンかとも思ったけど、体つきも全く違うし服もしっかりとしたものを身に着けている。

 なによりもちゃんと言葉を喋るのが、魔物との大きな違いの一つだ。


 喧嘩を売りに来た訳ではないと言ったけど、ここは魔王の領土でそこに現れた人間に声を掛けてくる魔人を警戒するなという方が無理な話だが……本当に喧嘩を売りに来た感じではないんだよなぁ。

 俺は首元に当てた剣は下ろさず、この状態のまま話を聞くことに決めた。


「ディオンさん、スマッシュさん。一度話を聞きましょう。変な動きを見せたら俺が斬りますので大丈夫です」

「……判断はルイン君に任せますが、変な動きを見せたら斬れるように私も準備しておきます」

「あっしも武器はしまいませんぜ? 妙な動きをしないでくだせぇ」


 斬り殺そうと動いた二人を宥め、話を伺うように促す。

 とりあえずこれで話が聞ける体勢が整ったのだが、魔人の方は震えていて上手く言葉が出ない様子。


「敵と確定しない内は手を出しませんので安心して話してください。その代わり、妙な動きはしないでくださいね。殺さなくてはいけませんから」

「わ、分かった! 絶対に変な動きはしねぇよ!」

「分かってくださりありがとうございます。それでは何故声を掛けてきたのか教えてもらってもいいですか?」

「さっき俺達の村に足を踏み入れただろ? その時に見かけたから隠れてついてきたんだ! そしたら、アイアンロイド相手に逃げようとしていたから止めてやったんだよ!」


 話が端折られすぎていて理解に時間がかかったが……村の偵察にいったスマッシュの後を逆につけてきて、俺達が危険な行動をしようとしたから止めてくれたということか?

 この話が全て本当だとしたらこの魔人が敵でないことは分かるけど、なんでわざわざ危険を伝えにきたのかが理解できない。


「善意だとしても、なんでわざわざ危険を伝えにきたんですか? 俺達が“人間”だということを知らなかったとかでしょうか?」

「恩を売ろうと思ったんだ! 後をつけて観察する限り悪い奴には見えなかったしな。……お前達が人間ってことは分かってた。だからこそ声を掛けたってのはある!」


 話の筋が本当に見えてこない。人間だからこそ声を掛けたってどういうことだ?

 仮にランダウスト周辺で俺が魔人を見かけたとしても、俺はわざわざ話しかけようとは思わないしな……。


「未だに理解は出来ていませんが、俺達の身を案じて声をかけてくれたんですよね? ひとまず近くで人目も少なくて魔物もいない場所はありませんか? あなたとはゆっくり話がしたいです」

「俺の家じゃ駄目か? 家の中にさえ入っちゃえば人目もないし、魔物に襲われることもない!」

「それって先ほどの村の中に入らないといけないんですよね?」

「そうだが、さっきみたいに隠れて村に入れば大丈夫だ!」

「流石に厳しいですね。村の中に入るのはリスクを考えると難しいです」


 村に入った瞬間に襲われる可能性もあるしな。

 この魔人に案内させる以上別の場所でも同じことがいえるけど、村の中は流石に危険度合いが違う。


「なら、デルタの泉がいいかもしれないな! あそこなら魔物は来ないから」

「案内してもらってもいいですか?」

「ああ。ついてきてくれ!」


 俺が魔人の真後ろにピッタリとくっつき、妙な動きをしたら殺せる位置についてはいるが、肝心の魔人の方はもう安心し切っているのか警戒している様子を一切見せずに俺達を先導している。

 剣を首元近くに当てられているというのに、随分と脳天気な魔人だな。


 剣を抜いている俺達のことを一切気にする様子を見せない魔人についていき、森の中を歩くこと約十分ほど。

 少し神聖な空気を感じる場所へと出ると、その少し先には綺麗な水が湧き出ている泉が見えた。


 ……この泉がどうやらデルタの泉のようだな。

 先ほど魔人が言っていたように魔物の気配はなく、この魔物が跋扈する森では珍しい場所だ。


「着いたぜ! ここならゆっくりと話ができるだろ?」

「ええ。魔物の気配もありませんし、人の気配も感じません。ここなら落ち着いて話ができそうです」

「かと言っても、あっしらは剣を収めはしませんぜ? まだ信用できやせんから」

「別に構わねぇ! 俺が変な動きをしなければ斬られないんだろ? なら怖くないしな!」


 そんなことを言いながら、本当に人間のように……いや、人間以上に無垢な顔で笑った魔人を見て毒気を抜かれた気分になる。

 ただ、絶対に気だけは抜かないようにしなくてはいけない。


 アーメッドさんを殺したのは魔人。

 心の中でそう何度も言い聞かせてから、腰を下ろしてあぐらをかいた緑の魔人の話を聞くことにした。


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