第三百六話 魔力溜まりの洞窟


『竜の谷の村』を出てから『竜の谷』を目指し、二日が経過した。

 俺達は険しい山岳地帯を進み、ようやく教えてもらった『竜の谷』へとたどり着いた。


 スマッシュさんとディオンさんがいるお陰か、紆余曲折しながら進んで来たものの、魔物とは一度も接敵せずに道中を進むことができたがかなりの救い。

 索敵能力の高い二人の会話は非常にタメになるもので、魔物の気配や地形を読みながらの移動は面白いと感じるものだった。


「これが『竜の谷』ですかい。でも、ワイバーンの姿は見えないですぜ?」

「この目の前の山と、その向かいの山の間の谷底に生息しているみたいですよ。ルイン君、例の洞窟は上まで登らないと辿り着けませんか?」

「ちょっと待ってください。地形をあてはめながら見てみます」


 ディオンさんにそう告げ、俺はアーサーさんから貰った地図を広げて確認する。

 俺達は今、西の方角から『竜の谷』へとやってきたから……魔力溜まりの洞窟は丁度反対側だ。


 地図の端っこに『ウィルリング』と書かれている方向のため、現在地からは『竜の谷』を超えた先に位置することになる。

 地図を見る限りの近道は、この目の前にある山を登ってワイバーンの住処を超えるのが一番近いんだろうが……その分危険を伴う。

 かなりの遠回りになってしまうけど、安全に行くのであれば大きく迂回して、反対側まで行くのがいい気がしてきた。

 

「確認しましたが、目の前の山の向かいにそびえる山の中腹辺りですね。近道はワイバーンの住処を突っ切ることなんですけど、危険度を考えると大回りして向かいの山の麓から登る方がいいと思います」

「うーん、どうしやしょうか。二山分を歩かなきゃいけないのは、流石に時間がかかりすぎると思いますぜ」

「確かに悩ましい選択ですね。幸い、自然豊かな場所なので食料や水の確保には困らないでしょうから、遠回りのルートでもいいと思いますけど……。ワイバーンを避けながら行くことも可能だと私は思えますね」

「ここはルインに判断を任せやしょう。リーダーのいうことが第一ですぜ」

「………………悩みますが、迂回ルートで行きましょう。命あっての物種ですから」

「確かにそうですね。私たちが一番身をもって実感していることです」

「あっしも異論はないですぜ。……ただ、エリザなら迷わず『竜の谷』を突っ切るでしょうから新鮮でさぁね」

「ふふっ、そうですね」


 ディオンさんとスマッシュさんは、アーメッドさんを思い出したのか楽しそうに笑った。

 そんな二人を見て俺は少しだけ悲しさを覚えつつ、俺は向かいの山の麓を目指して歩みを始めた。



「ふへー、やっと着きやしたね! これ何日かかったんですかい?」

「丁度、十日ってところでしょうか。魔物を避けつつ、食料と水を確保しながら進んだので、想定よりも大分かかってしまいましたね」

「お二人ともありがとうございます。本当に助けられました」

「あっしら、山は得意分野ですから。どーんと頼ってくだせぇ」


 山を回るように迂回し、更に麓から魔力溜まりの洞窟まで迷いに迷いながら、ようやく到着することができた。

 索敵から経路の確保、それからテントの設置、食料と水の確保、火起こしに調理。

 

 全てを二人がこなしてくれ、俺は二人の手伝いをすることしかしていない。

 アーメッドさんに鍛えられたお陰なのか、俺が邪魔になってしまうくらい、本当に全ての作業において手際が良すぎた。


「……それにしても、ここで本当に合っているんですか? 見た限りでは洞窟っていうか只の空洞って感じですけど」

「多分、合っていると思います。地図の位置とはピッタリ一致してますし、この周辺にはここしか洞穴がありませんでしたから」


 ディオンさんが心配になるのも分かる通り、本当に只の穴でしかない。

 広さも『ぽんぽこ亭』で使わせてもらった部屋ぐらいの広さしかないし、三人で入ったら狭く感じるほどだ。


 魔力が溜まっている気配もないのだが、他に似たような場所がないからなぁ。

 とりあえず試してみなければ何も分からない。

 魔力をガンガン消費し、回復していないようだったら別の場所をもう一度探そう。


「俺はここから中に入って籠る予定なんですけど、お二人はどうしますか?」

「あっしらは洞窟の前でテント張る予定ですぜ。キャンプを楽しみつつ、特訓でもしようかと思っていやす」

「食料とか水が欲しくなったら声を掛けてくださいね。私は魔物を警戒しつつ、危険がせまったらすぐに呼びます」

「ありがとうございます。それではよろしくお願いします」


 俺はディオンさんとスマッシュさんを洞窟の入口に置いて、中へ一人で入っていく。

 洞窟の中は真っ暗且つ微妙に冷えていて、若干の寒さを感じる。


 火をつければ丁度良い温度となるため、俺は焚火をして灯りの代わりとした。

 酸欠になるのも少し怖いが、これだけ大きく入口が開いていたら大丈夫なはずだ。


 溜まっている魔力に引火する――なんてこともなく、めらめらと燃える火を見ながら早速ダンベル草の生成に移っていく。

 まずは一本生成し、続いて二本目の生成へと移る。


 本来ならば、二本目を生成すると同時に魔力切れの症状が出るのだが……うん。

 体には何の問題もないように感じる。

 

 三本目、四本目、五本目と生成していくが、魔力切れを起こすことなく、この場所でなら無限に生成し続けることができそうだ。

 洞窟の入口でテントを張り始めている二人に、この場所で合っていたことを報告してから――いよいよダンベル草の摂取へと移る。


 ここからは水以外の物は、全てダンベル草だけを補っていくつもりだ。

 流石に体に異変を感じたら、ジャーキーでも食って栄養を補うつもりでいるが、死ぬ気でダンベル草だけをひたすらに食べ続ける。


 今さっき生成したダンベル草を手に取り、まず一本目のダンベル草を口へと入れた。

 いつものようにカレーにして誤魔化している訳ではないため、酷い苦味が全身を襲うが、アーメッドさんを思い出して無理やり飲み込む。


 このままの調子で、死ぬ一歩手前になるまで食い続けてやる。

 覚悟を決めた俺は、焚火の灯りだけがついている洞窟の中で、ひたすらにダンベル草を食べ続けていったのだった。

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