第二百三十八話 ダンジョン遠征


 舌が麻痺している違和感で目が覚めた。

 可能な限り味わわずに植物を接種したのだが、それでもピリピリと口の中が痛んでいる。


 お腹もぎゅるぎゅると鳴ってはいるが、耐性もできたのか前回ほどではないしこれぐらいならば、オール草とセンブリ草を飲めば支障なくダンジョン攻略は行えるな。

 早めに目が覚めてしまったため、時間にはまだ余裕があるけど忘れ物をしないようにもう準備に取り掛かろうか。

 朝のルーティン、そして攻略の準備を整えた俺は、昨日購入した荷物も持ってから集合場所へと向かったのだった。



「ふぅー。ようやく十階層到着ですね」

「やっぱり荷物があると大変です。疲労も溜まりますね」

「荷物持ち嫌」


 大量の荷物を抱えながらも、なんとか双ミノも倒して十階層まで到達。

 一階層を攻略毎に、前衛の一人が後衛へと回って荷物持ちを代わっていったのだが、予想よりもかなり大変だった。

 荷物を持つことで移動速度が著しく落ちるのが非常に難点で、所要時間が普段よりも大幅にかかってしまっている。


「確かに二十階層までこの荷物を持っていくのは、俺も厳しく感じました」

「ですね……。私が以前攻略したときは荷物をもっと分散出来たので苦もなく持てたのですが、三人だとそうはいきませんからね」

「三人での攻略なら、二十階までこの荷物を持っていくのは無理。これで渓谷エリアに行ったら確実に死ぬ」


 二人も言う通り、この大荷物を持っての攻略はかなり厳しいというのが今回分かった。

 持ち込む荷物の選別も今回のダンジョン攻略を基準に、正確に見極めていかないといけない。


 【青の同盟】さん達は、これ以上の荷物を持っての三十階層攻略を果たしていたため、二十階層なら俺達でもいけると踏んでいたのだが……。

 単純に一人で全ての魔物を薙ぎ払えるアーメッドさんが、規格外の化け物だったということだな。


「荷物の精査は、今回の攻略を基にしっかり行いましょう。幸い、テントに至ってはセーフエリアに放置されていますので、最悪食料だけ持ち込めば攻略自体は出来るはずです」

「ですね。次回の攻略でどの荷物を減らせるのかをこれから考えましょう。時間はいっぱいありますので」

「ん。……で、植物はどうするの? 帰りの荷物が更に増えることになるけど」

「もちろん、植物は採取していきましょう! 持ってきた食料が減るんですし、植物が増えても荷物量はあまり変わりませんよ!」 


 アルナさんの嫌そうな顔での発言に、俺はすぐさま勢いよく反論する。

 今の時間はおおよそ昼過ぎ。

 俺が植物採取をしたいのもあるが、今日はここで一泊の予定だし夜までの時間がもったいない。


「確かにこの後やることは何もないですもんね。荷物も多少増えたところで、十階層から外までなら大変なだけで危険性はないですから」

「そういうことです! もしかしたら、明日の二十階層攻略に役立つ植物が採取できるかもしれないですし、植物採取は行うべきです!」

「……ルインの熱意が鬱陶しい」


 結局、帰りの荷物番を俺が多く負担するということでアルナさんも納得。

 夜の時間となるまで、俺達は秘密のエリアにて植物採取に励んだのであった。



「ふぃー。大量ですね! 時間にかなり余裕があったので、これまでで一番採取できましたよ」

「時間があったといっても、ルインさんは流石に採りすぎだと思いますけど……」

「ロザリーさんも雑草との見分けの精度が良くなったんじゃないですか? 採取量が増えてますし、雑草も全然混ざってないです」

「慣れてきたっていうのはありますね。まぁルインさんの域には、これから死ぬまで植物を採り続けても到達出来る自信がありませんが」

「俺は植物採取に特化したレア持ちですからね。――っと、お話はここまでにして戻りましょうか。アルナさんも待っていると思いますし」


 話を途中で切り上げた俺達は、採取した植物を抱えてアルナさんの待つテントへと戻った。

 採取した植物に関しては新種は見つからなかったが、フォーカス草とエンジェル草の超高レベルが採取出来たため非常に満足。

 その他の植物も使えるものばかりだったし、また二人に臨時収入を渡すことが出来そうだ。


「アルナさん、戻りましたよ」

「おかえ……また凄い量。帰りがきつくなっても知らないから」

「大丈夫ですよ。十階層から一階層までなら、双ミノ以外はなんてことないですし。……それよりいい匂いですね!」

「私もテントに着く大分前からいい匂いがすると思ってたんですけど、もしかしてアルナさんの作った料理の匂いですか?」

「ん。ご飯ならちょうど出来たとこ」


 元々、植物採取に乗り気ではなかったアルナさんは、途中で植物採取を止めて食事作りに回ると自ら志願してくれた。

 俺も料理は好きだし、せっかくだから三人で作りたいと密かに考えていたのだが……。

 アルナさんは『亜郷郷』で働いていたため料理が上手いし、時間いっぱいまで植物採取に打ち込めるという魅力には敵わず、俺はアルナさんに食事の準備を任せたという訳なのだ。


「料理が上手いって本当だったんですね。これはシチューですか?」

「ん。こっちがシチューで、こっちがスモークチキン。パンがあるから焼いて一緒に食べて」

「アルナさん、凄いです! ダンジョン内でこんな料理が食べられるなんて思ってませんでした!」

「しっ。草臭いから手を握らないで」


 料理に感激したロザリーさんが両手を掴んだのだが、アルナさんはそれを酷く嫌そうな顔で振り払った。

 ……ただ長い耳がピンと立っているため、褒められてまんざらでもない様子なのが分かる。


「それじゃ軽く水で体を拭いてから、アルナさんの作ってくれた料理を頂きましょうか」

「はい! 本当に楽しみです!」

「そんな期待値あげないで。至って普通の料理」


 謙遜するアルナさんに、食べる前から褒めちぎるロザリーさん。

 すらすらと会話出来ているのはフォーカスポーションの効果もあると思うけど、二人は大分仲良くなったな。

 そんな微笑ましいやり取りを見ながら、俺は準備を整えて食事の席へと着き、三人で食卓を囲んだのであった。


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